コロナでひと皮むけたかも

葉っぱ

昨日、気づいたこと。
コロナになって、私は安定し、誰にも追い立てられることなく、心が自由になっている、ということ。

こんなにも長い時間かかったけど、私はやっと、幼少期の無邪気な私に戻ってこれた。

近所がすべて「冒険の場」であり、葉っぱと図鑑をにらめっこし、てんとう虫をたくさんマッチ箱に入れて、家の中で飛ばして遊んでいた日々。
男でも女でもなく、大人でもなく、ただ単に私で居られたとき。

それから私は、常に人と比べられるようになり、人を見る見方も「自分より上か、下か」で捉えることが当たり前になった。
すべての人はライバルであり、競争をいどむ相手になった。

今までも「どうして私はいつも競争しているんだろう?」と考えたことはあって、生きてきた環境から仕方なかったんだなぁ~というところまでは進んだ。
でも、その競争心を捨てるには至らず、相変わらず、周囲はライバルだらけだった。仕事していてもひと時も心休まらなかったし、楽しいって一緒に笑うことも、仕事とは無関係だと感じていた。

コロナでこうして、自分と向き合う時間をゆっくり取れるようになった。
私で言うと、瞑想をほぼ毎日できるようになった。
そんな中で「どうして戦う必要があるんだろう?」と、また角度を変えて考えてみた。

誰もがみんな不完全で、完璧な人は一人もいない。
得意不得意があって当然だし、今までの経験が違うから同じものをみても違うアイディアが出てくる。
一緒に目指すべきは一緒に幸せになることなのに、共通目的があって、どうして人の邪魔したり、嫌ったりしなくちゃいけないのか?(自分は)
私以外の人は、誰も、私を蹴落とそうとなんかしていないのに?

そこまで進んでハッとした。
アホかいな、と、自分のことを思った。
こんなにアホアホなんだったら、クールぶった仮面も必要ないな、とも。

自分の不完全さも受け入れられるようになった。
だから、人を責めなくなった。

これで、私は小さな子どものように冒険に出ることができるし、
人のすごいところを素直にほめることができるし、
何か協力して、より大きなものを作れるかもしれない。

自分と向き合うことで得たもの、
めっちゃでっかいです!

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