やらない理由は無限に

天空の鏡の夜明け(ウユニ塩湖)

やっと前に進めるかもしれない。

コロナ禍の中、自分をめぐる周囲の状況は一変し、
以前は「いやぁ、そんな風になったらいいけど、夢みたいなもん」
と思っていたラッキーな環境(一部)で生活している。

が、同時に、
そうなってみて、「私って、アホ」と言うことに、また気づく。

今までも何回かそう思ってきたけれども、
つくづく私って、なまけぐせが、
いや、なまけるのがメインキャラなんだなって思う。

時間と精神的に余裕ができて、自分のことを振り返ることができているから、
そこに考えが至った。
忙しければ、何かに悩んでいれば、気づかないことだ。

とにかく私は、なまけるのが好きだ。
できれば、ずっと、ひきこもって、
好きな時間に起きて、ゲームして、ご飯たべて、好きな時間に寝たいのだ。

そんな理想の生活があるから、
ちょっとでも、動くことに対して、すぐに理由をつけて、やらなくてもいいように自分を導く。

たとえば、
走るとスッキリするし、体型も維持できるし、循環もよくなるのに、
そんないいことずくめなことですら、

「寝坊した、もう間に合わない」(例え10分でも、そう思う)
「走り出したら、雨が降ってきそう」
「暑すぎる」
「夜に走ればいいや」(でも夜なんて走らない)
「昨日走って、腰を痛めたみたいだ」
「やっぱりだるいから、もう一回寝よう」

アホみたいな速度で、私の頭の中を「やらない自分を正当化する理由」が生まれる。
天才的、と言ってもいい。

「●●をしなくてもいい理由」ばかり、こねくりまわしている。
そういう自分を何度も外から眺めることになったのが、このコロナ禍。

このブログを書かない理由も、
「●●なんだから、仕方ない」って。
●●は何十パターンも出てくる。

自分で見てて、アホか、って思う。
この中には「久しぶりに書いて、また数日後に書かなくなるの、みっともない」
とか、動く前に先回りして、消極的な未来からの発言もある。

なので、書いてやる。
まずは、今日書かないと、明日やめることもできないんだ。
こんなアホな私と、私は一生付き合っていく必要があるのだ。

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