先達に学ぶ。

友達を連れて師匠のところに。

神社も人も仕事も、
あれこれ好き嫌い言ってるならその程度の人止まり。
そこより先に越えると、全部が受け入れられる人になる。

色々なところで「全部OK」とか「みんな違ってどれもいい」とか聞くけど、
じゃあその概念を心から掴んでるかって言うと疑問だ。

特に私は、口ではたやすくそういうこと言ってそうだけど、
大好きなもの(乙女ゲー、バレエ、海外サッカー、洋楽や洋画)は受け入れても、好きじゃないものには突っ込まないし、突っ込むのは時間の無駄だとも思ってる。

でも、そうじゃないかもしれないから、つべこべ言わずに突っ込んでみろ、ってこと。
検証することに時間をかけて、行動しないのが私のクセだからだ。

あとは今でも完璧主義がよく顔を出して、台無しにしてしまうので、
「パーフェクトがダメならベストを。ベストがダメならベターを目指すこと。」
今置かれてる環境の中でゼロイチの選択ではなく、中間を取ることも学ぶこと。

自分ではできてきたなぁ、と思ってても師からみるとまだまだなんだな。
自分の中を覗き込むことは、自分ひとりでもできるかもしれない。
私はできると思ってやっていたけど、ある時、行き詰った。
周りを見渡したら、ラッキーなことに師のような人がいたから、その人に教えを請うことにした。

自分の中に答えがある、けれど、
それが真実の部分からのものか、違うところから来ているのか、自分で検証できるだろうか。
私はできなくて、いつもとまどいがあった。
だからこそ、師の存在が近くにあって助かった。

現実を動かす方法と、無意識を動かす方法。
人に関することって奥が深い。
だけど、これを学ぶのに遅すぎることはなく、今までの私の経験がすべて生きてくる。
私が私でよかった。今日の陽転思考、かもしれない。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

スポンサーリンク
スポンサーリンク