奇跡講座 ワークブック編 155.私は一歩退いて、神に導いてもらう。

差し込む光

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より155.私は一歩退いて、神に導いてもらう。

奇跡講座について、何度かグループワークしようかな、と思ったことがある。
けれど、毎回「うーん、何か違う・・」と思い、参加することも、
あるいは主催することもできなかった。

ある時期、強烈に主催側になるように言われたけれども、
聖霊に言われても自分で自信が持てなかった。
主催する、と声を発することもできなかった。

ということで、一人で黙々とテキストを読み、ワークを進めていたのだけど、
そろそろ人と交流しながら、この道を進めることになるようだ。

ただ、今回は、奇跡講座ではない。
同じゴールを目指すけれども、別のルートを通っている人を師と仰ぐかどうか、
その選択を迫られている。

最初はゴールが違うと思ったので(この世界の何かを変えることが目的だと思った)
適当に受け流していた。
だが周囲の人と話を聞く機会が何回かあるうちに、
ようやく手法が違えど、最終的な地点は同じだということが分かった。

あなたの外見が変わることはないが、あなたはもっとたびたび微笑むようになる。
あなたの額は穏やかで、瞳は静かである。
そして、この世界であなたと同じように歩む者たちは、自分と同じ者たちを認識する。
だが、その生き方をまだ知覚していない者たちもあなたを認識し、あなたが以前と変わらず、自分たちと同じだと信じるだろう。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.155.1:2より

今年の前半の私であれば、
その導き手にとっては私は「まだまだ」と見えていた。
まだまだどうしようもない想念は浮かび上がってくるけれども、
徐々にそういう想念が出た時に「この世界の法則にとらわれる考え方だな」と
認識することができるようになってきた。
(認識できるだけで、出てくることや頻度は仕方ないのだけど)

そして、満を持して、
「門があって、そろそろ入口に近づいてる。入るには覚悟が必要だけど、入るかい?」と問われている。

奇跡講座での教えについても話してみるつもりだ。
その上で、やはり道が違う方がいいのかもしれない。

自分の欲求ではなく、聖霊に従って進もう。
一つの大切な時期だと思う。
クリスマスにこんな決断をすることになるなんて、やっぱり不思議だ。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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