奇跡講座 ワークブック編 149.復習137~138

そろそろ終わり。

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より149.復習137~138。

天国は私が下すべき決断である。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.138より

昨夜、心の底からビックリして。
何にビックリしたのかというと、
うまく自我の罠にひっかかっていたことに気づいたから。

世の中、いろんなことがあって、
昨日まで正義だった人が、
今日は急に悪のレッテルを貼られてたりする。

例えば今で言うと、分かりやすい例はお隣の国のトップ女性。
あることをきっかけに、国民から非難の嵐。
その非難を一つ一つ具体的に聞いていたら、
「いやいや、それはひどすぎでしょ?」みたいな気持ちを抱いた。
そして、女性トップもかわいそう、あんなひどいこと言われて、みたいな。

そうなった時に、私の気持ちは、
その非難している人物を思いっきり非難してた。

難しいんだけど、こういう時、
そこに感情を乗せず、事実だけ受け止めて、
心はスルーし、非難する人も受け止めるのが天国への道。

人間誰でも(?)かわいそうだという感情を持つと、
その人を助けたくなる。
助けたくなるのはいい。
その次の瞬間に誰かを攻撃していないか。

私はその時の自分の気持ちに気づいた。
隣の国の人ではなく、
一時期はある種のヒーローとして扱われた人が、
常識外れのことをしたことから、
多くの人から非難される側に回った。

非難する人はネット上にあふれていて、
匿名で酷い言葉をその人に向かって投げかける。
私なら一生立ち直れない、と思うようなひどい言葉だ。

それを見て、その酷い言葉を放つ匿名の人たちに対して、
私は怒りを覚えたことに気づいたのだ。
そして、その怒りは当然正当化されるものであった。

私はものすごく大きな正義を振りかざして、
ある特定の人たちに攻撃心を抱いていた。

そこで「あれ?」と。

今、私、攻撃しましたよね?と。

やっとわかった。
「正しい」って感覚はやっかいだ。
それを免罪符に相手を攻撃できる。

私は多くのことに、そうやって対応していた。
攻撃しまくっていたのだ。

天国は自分の決断の中にある。
ただ、自分の決断の中だけ。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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