奇跡講座 ワークブック編 139.私は自分自身に贖罪を受け入れる。

時間の流れ

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より139.私は自分自身に贖罪を受け入れる。

ワークブックがテンポよく進むようになってきた。
実際は、相変わらずワーク自体はそんなにうまくできてない。
1時間に1回のものは、一日の間に4回できないこともある。
だけど、聖霊に聞くと進めるようにと言われるので進める。

それでいいんだ。
今回で終わりじゃないから。
私はきっとまたワークブックに取り組む。

この進み方のテンポは、私の生活とも似たり寄ったりな気がする。
今年の夏から生活が激変しているけれども、
ようやく落ち着き、
また次に備えて自分の足元を固める段階に来ているような。

今週に入って3つ無くしものをして、
2つとも必要なものだったので再発行依頼を考えていた。
それをよく探していたら、2つとも出てきた。
どうしてそれまで出てこなかったのか(同じ場所を探していたのだけど)不思議だ。
3つめも、今日もう一度探してみよう。
出てくるかもしれない。

身軽になるために大量に紙類を処分したので、
てっきり無くしたものは、それらに紛れて自分で捨てたと思っていた。

驚きなのは、無くしものを周囲の人のせいにしなかった自分だ。
自分のことを、ある程度キッチリしている人だと思っているので、
今までは殆どのことを周囲のせいにしていた。
それを今回は「いや、私が全部処分したんだろうな・・・」と思ったことである。

それ以外のことでも、なんでもかんでも、人のせいにしていたので、
もしかしたら、少し成長しつつあるのかも?と思ったりしている。

世界が信じていることで真実なものは何一つない。
この世界の目的は、自分自身を知らないと主張する者たちがやってきて、自分とは何かと質問していられる安住の地を提供することである。
贖罪が受け入れられるときまで、彼らは何度もやってきて、自分自身を疑うことや自分の本性を自覚しないでいることは不可能だということを学ぶ。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.139.7:1より

何度もやってきて、世界にチャレンジし、疲れて、去る。
そしてまた「今度こそは」と来ているのだろう。
もちろん私も、何度も何度も。
次は違うだろう!と浅はかな期待を持ちつつ、生まれてくる。

今回こそ、ここを越えるきっかけをつかみたい。
多分「おしいっ!あと一歩!」という転生を最近は繰り返しているのだろうから、
自分の中の真実も、学びを与えてくれる周囲も、もどかしい気持ちで一杯なはず。

宗教的なものがなんとなくあれこれ受け入れられるのは、
きっとそういう素地を培った過去があるのだと思う。
毎回苦労してんだよな、きっと。
後退はあり得ないけど、今回こそうまく調子にのって進みたい。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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