奇跡講座 ワークブック編 137.私が癒されるとき、私ひとりが癒されるのではない。

空と雲

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より137.私が癒されるとき、私ひとりが癒されるのではない。

ここ最近、同じような画像ばかりあげてるなぁ~
そして、今日は困ったことに136をあげてないことに気が付いた!
もう既に自分はレッスン137・・・
明日、136をあげようかな。

自分の思考に気づくようになると、本当に嫌気がさします。
だって、何が起こってもネガティブシンキングですもん!
良くない方向に考える、のみならず、悪態ばかりついてます、私(汗)

今までそんなものが、コントロールされず「だだもれ」だったのだと思うと、
よくもまぁ!とあきれますが、
だからこそ、気づきたくなかったのかもしれません。
だって、自分が一番清らかでキラキラした存在だと信じたいじゃないですか!

昨日、神道系の先生と話をする機会があって、勉強になりました。
彼の言うことも、コースで言うことも、根底は同じだと分かったから。

現実の何かを変えるための信仰ではない、ということや、
楽しいことも苦しいこともすべて表面的なことで、
今は見えないかもしれない、その奥に至高体験のようなものがあるということ。

こんな世界の中で、別の信仰を持ちながら、同じ考え方をする人に、
ビジネス方面からのアプローチでよく出会えたもんだ!と感じました。

その先生に打ち明けたこと、言われたことは、
「自分の心を観察続けることができません」に対して、
「自分の心をよく観察し続けること」でした(汗)

結局、これにはポイントというものはなく、
ただ意欲を絶やさないことなのだ、と私はとらえました。

癒しは自由そのものである。
それは、夢が真理を打ち負かすことはないと実証するからである。
癒しは共有される。
そしてこの共有という属性によって癒しが証明するのは、病気は避けられないとは主張しない法則のほうが、そうした法則に敵対する病んだ法則よりもずっと力強いという点である。
癒しは強さである。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.137.8:1より

昨日、その先生が
「自由とは、自分の意志をコントロールできること」とおっしゃいました。
私はまさにその通りだ!と、うんうん頷きました。

そして、自由は癒しであり、それは、とてつもなく強い!
なんて美しいフレーズなんだろうなぁ!
「自由」という言葉を大切にする私にとっては、とてつもなくそう感じます。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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