奇跡講座 ワークブック編 135.自分を防衛するなら、私は攻撃される。

一日のはじまり。

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より135.自分を防衛するなら、私は攻撃される。

のんびりマイペースでやっています。
一日一課なんて、できやしない!
それを誰に責められるでもないので、自分がイヤにならないペースで。
とにかく続けること、離れないことが大事。

完璧主義者の私が、
コレに関しては、ここまでゆるくやっているのも不思議。

完璧主義者というのは面倒なもので、
自分ができないということが受け入れられなかったりして、
真の完璧主義者(!)は、レッスンが一日でも続けられないと、
そこで自分を責め、次にレッスン提供者を責め、そして中断するものです。

私も今までいくつものことを、
かなり初期の段階で投げ出してきました。
キレイな形で続けられない自分がイヤになるので。

奇跡講座 」については1ヶ月も間をあけても平気。
また戻ってきて「かなり間が空いてしまいました~」と続けられる。

ただ、空白期間は長くない方がいい。
というのは、徐々に分かってきた(つもり)ので、
週末あけるくらいのペースになればいいな、と思います。

そうだ、週末できていた時期もあったんだった!
そう考えると、できるかもしれません、週末も。

肉体に防衛は必要ない。
このことはいくら強調しても、強調しすぎることはない。
心が肉体を乱用しなければ、肉体は丈夫で健康なものとなる。
そして心による肉体の乱用とは、肉体が果たせないような役割や、その許容範囲を超えた目的や達成できないほど高い目標を肉体にあてがうことによってなされる。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.135.7:1より

当たり前のこと。
肉体がおかしくなるのは、その機能以上のものをさせようとしたとき。

スピリチュアルな考え方でもよく言われるけれども、
やっぱり人それぞれに機能制限みたいなものはあって、
それ以上のものを望んで行動しようとすると、体が拒否反応を示す。

拒否反応を示した体は、
今までできていたフツーのことでもできなくなってしまう。

だけど、神の道を歩いている人は病気を一切しないのだろうか、
と考えるとそうでもない。

これを思うと、
ここで言う健康と、フツーの肉体的健康は違う意味なのかもしれない。

だって今の世の中、
病気をしないで老衰なんて理由で死ぬ人が、どれだけいるのだろうか。
健康っていう言葉にも注意して読み進めた方がいいかもしれない。

とりあえず、今日は、聖霊の声に耳を傾け、
共に進めるようにしたい。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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