奇跡講座 ワークブック編 133.私は無価値なものに価値を置かない。

明けていく。

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より133.私は無価値なものに価値を置かない。

選択に関連してもう一つの親切な法則は、あなたの選択がもたらすものにはいかなる妥協もない、というものである。
中間の選択肢はないので、選択の結果が、何かを少しだけもたらすということはない。
あなたが下す選択の一つひとつが、すべてをもたらすか、何ももたらさないかのどちらかである。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.133.5:3より

選択は必ず二択であり、
そのどちらかは私に価値をもたらすが、
もう一つは選択しても何ももたらさない、ということ。

これを読んでいてホッとしたことがあって。
奇跡講座には何度も書かれているのだけれども、
間違った選択をした時には、ただ何もない、ということ。

悪いものがもたらされるわけではない!
だって、この世界は虚無だから。

たくさんの選択を今までもしてきて、
もちろん奇跡講座と出会う前もすべての瞬間が選択だらけ。
その中で間違った選択も山ほどしている。
でも、それは何ももたらさなかっただけで、罰せられるものではない。

罰せられる恐怖というのは、自分の中に常にある。
実際に目に見える、体に受ける罰というのは殆どないけれども、
誰かに怒られたり、誰かの機嫌が悪くなったり、
誰かから避けられたり、誰かから悪口を言われたりする。
そういうことに対する恐怖はかなり大きい。

だけど、最後の審判で突き落とされることはない。
すべての人が同じ場所へ行く。

ただ、選択の機会があることを上手く生かして、
早くたどりつくか、
遅くなるか、それだけの問題だ。

私はどうして自分のしていることを中断されるとイライラするのだろう。
この時にも自我が自動応答している。
少し考えれば、正しい選択ができるのに。

何度も何度も思うことだけれども、
自我の自動応答する前に空白が欲しい。
これも訓練なんだろうな。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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