奇跡講座 ワークブック編 124.私が神とひとつであることを、思い出せますように。

だんだん実ってきた

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より124.私が神とひとつであることを、思い出せますように。

すぐに赦せないこともある。
10分くらい、1時間くらい、
いやもっと長い時間、赦せないこともある。

それでもその時間の間、赦せなかったことよりも、
今、赦せたことの方が大きいのだとしよう。

同時にその赦しが上から目線の赦しではなく、
そもそも何も起こっておらず、
真実以外は何も存在しない、という形の赦し。

怒りの中からの赦しは、
往々にして「上から目線」になりがち。
私の器が大きいから赦してあげましょう的な。

気持ち的には「赦したからいいんでしょう!」みたいになる。
赦した気分になってる。
でも、実際のところ、断罪しただけだ。
ほんと陥りやすい、気を付けよう。

今日は、私たちに対する神の愛を疑わず、神の守護と思いやりに疑念をもたない。
私たちの信仰心と、神の臨在についての私たちの自覚との間に、無意味な不安が入り込む余地はない。
今日、それを認識し、思い出す私たちは、神とひとつである。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.124.4:1より

これを読んでいると、
イエスはこうだったんだろうなぁ~と思う。
まるっきりこうだったんだろう。

その域に少しでも近づきたい。
そうなるためには、ドロドロした部分を遠ざけていても無理。
いつまでたっても、薄い透明な膜の向こうにたどりつけない。

自分の汚い部分を認めるのはつらい。
それを見るのは恐怖がある。
だけどすべて自分の中から見えているのであれば、
この世界のどんなことも私の中以上に汚く、怖いものはないだろう。

神と共にある、ではなく、神とひとつである。
実践に反映して、今日を過ごしたい。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク