奇跡講座 ワークブック編 123.私は、父が与えてくれた贈り物に感謝する。

彼岸花

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より123.私は、父が与えてくれた贈り物に感謝する。

父があなたをひとりで放っておかず、闇の中を孤独にさまようままにしなかったことをありがたく思い、今日という日を、愛に満たされた幸せな気持ちで過ごそう。
父と父の被造物が創造したものの代替とするためにあなたが自分で作り出したと思っている自己から、父があなたを救ってくれたことを、喜びなさい。
今日は父に感謝を捧げる。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.123.2:2より

未だ全然楽になってないのになぁ~
という若干、苦々しい気持ちも持ちながら、
それでも、奇跡講座があることで、前に進むことができるのだとも思う。

何もなかったら、どうなんだろう?

奇跡講座があることで、私は浮き沈みはあるものの、
「すべては赦しの機会にすぎない」と思うことができるし、
このため以外の理由で生まれてきたのでもない、と思うこともできる。

自己実現よりも、
自分の中のドス黒い部分を見て、やれやれと思い、
相手を赦せない自分をまずは赦すのが先決だと考え、
少しずつ赦しの範囲は広げればいいのかな、と実践する。

周囲の人は聖人で、素直で、いい人ばかりに見え、
あまりにも自分が薄汚れていることにうんざりし、
今までの自分のモノの見方はなんだったんだろう?と考える。

奇跡講座すら知らない周囲の人に取り残されて、
何にでも優劣つけてしまう思考にはまってしまうと、
今まで自分がリードしていたと思っていたのに、
神の目から見ると状況はまったく違っていたことに愕然とする。

だけど、とにかくここから。
あらゆる意味で、私はようやく一歩目を踏み出したのだろう。
知識先行の世界から、実践がすべての世界へ。

奇跡講座がなくては、この地点にも立てなかったはず。
きっと、周囲の人を自分よりも格下に見立て、
いつまでたっても優越感の中で、うまく先に進んでいると思い込んでいた。

事態はまったく違っていたのだけれども、落ち込むことはない。
チャンスはこれからも山ほどあるのだから。

自分の感情を眺めながら、
それを今日は赦していくというか、見過ごしてゆきたい。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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