奇跡講座 ワークブック編 107.真理は、私の心の中のすべての誤りを訂正する。

光差す。

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より107.真理は、私の心の中のすべての誤りを訂正する。

3連休の最終日にようやくブログを更新できそうです(汗)
現実的にはピンチで、真理的にはピンチじゃないところを感じたかったから。
これは逃避というものではないだろうか?とも考えてしまいます。

私は逃避したければ、現実から自分を切り離して趣味の世界に没頭するタイプ。
私のようなメンタル弱い人は、逃避してもいいのだと自分をなだめつつ逃避します。
逃避しても現実は変わらず、戻ってきたら改めて向き合うことになるのだから。
戻ってきさえすれば、何度でも逃避していいと思います。

奇跡講座での真理を「逃避」にしないためには、
赦しという実践が伴えばいいのかな。

現実から考えるとイライラせざるを得ない状況も、
真理の側から見れば何の問題もなく、
ただただ愛する人たちが周囲に存在しているだけなのだから。

真理が訪れたところでは、誤りは消え去る。
それを思い出させる痕跡すら残さず、ただ消滅する。
誤りは、信じられなければ、生命をもたないので、ただ消えてしまう。
そうして、誤りはその源である無の中へと戻っていき、消滅する。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.107.1:3より

真理のことを思い出せば、
「ああ、別にこんなこと大したことじゃない」と分かるのだけど、
次の瞬間に、また周囲の人と自分と見比べて
「いやいや現実問題、これは大丈夫なのか?」と戻ってしまう。

これはきっと、真理が訪れているとは言わない。
真理のことを思い出した一瞬がずっと続けばいいのに!と思うのだけど、
たった5分の今日のレッスンをしているときですら、
現実での悩みが割り込んでくる・・・

それは私の今の状況では、当然起こることで、
これがなくなるわけではなく、少しずつそこにはまり込む時間や回数が少なくなる。
些細なことでははまり込まなくなる。
(と、共に持ち上がる問題もどんどん大きくなるんだろうけど・・・)

どんなに悩んでも、どんなにイヤがっても、どんなに怖くても、
この世界の時間というものは、いつも今を過去にしていく。
あれだけ悲しかったことも、思い出すのは一瞬だ。
そう思えば、今のつらさも一瞬でしかないのだ。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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