奇跡講座 ワークブック編 103.神は愛なのだから、幸福でもある。

そろそろ季節かな。

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より103.神は愛なのだから、幸福でもある。

1時間に5分、ということが出来なさすぎる!
ワークブック2回目だか、3回目だか、もう繰り返してる回数なんかどうでもいいけど、
とにかく毎回、同じことを思いつつ、ただレッスン番号だけは進んでいき、
「なんか、身についたのか、ついてないのかわかんないけど、
レッスン365が終わった・・・」
というのを繰り返しているだけのような。

私は本当に成長しているのだろうか?
これが日々のベースをきちんと作り上げているという行為なんだろうか?

バカみたいだけど、こういう揺り戻しは悟りに至るまでに絶対にある。
この世界の繁栄と衰退のようなもので。
うまくいくときと、いかないときがある。
前向きに行動するときと、じっと留まって考えるときがある。
こういう自分をみつめることも、レッスンで学ぶことの一つなんだろうなぁ~と思う。

愛には限界がなく、至るところに存在する。
だから、喜びもあらゆるところに偏在する。
しかし、心はその偏在を否定することもできる。
愛の中に罪が入り込める隙間があって、そこに喜びのかわりに苦痛がもたらされると信じるのである。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.103.1:4より

猫をなでながら、自分は愛にあふれていると思う。
この猫に対する気持ちは愛なんだろう、と思う。
だけど、それを対象を変えて考えたとき、
「どうして、人間に対しては同じ気持ちを持てないのだろう?」と考えてしまう。

これが、心の存在、というものなのかもしれないな。
手放しで、いつも、100%、愛を表現することができない。
心が制限している愛の形なのだ。
愛そのものの力はこんなものではない。

この心の制限枠をどこまで解除できるか、
そして愛という本質に近づくことができるのか。
1時間に5分に苦戦している間は道のりは遠いだろうなぁ~

それでも、これ以外にはない、という妙な心の奥底での確信があるから、
なんとか今日もやっていける。
この確信がないうちは、ずっとフラフラと探し続ける日々だった。
あの苦しさを思えば、今は少し楽なのかもしれない。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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