奇跡講座 ワークブック編 89.復習77~78

flower

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より89.復習77~78 。

生活が少しずつ回るようになって、
奇跡講座」もこのブログを再開してから少しずつ気持ちが向かうように。
ちゃんと向き合えば、少しだけでも向き合ってない時よりも確実に近づける。

自我がなかなかガンコなので、難しいところも往々にしてあるけれど。
今日、JACIMのQ&A見てて、へぇ~と思ったところ。

【質問】No.13 (org.#956)
「私はどうしていつも被害者になってしまうのでしょうか?」

いつも被害者のように感じてしまう。
私だけなのでは?と感じてしまう。
その時に「奇跡講座」がちょっとでもあれば、少しだけ離れて見ることができるのだけれど、
なければ、どーっぷり被害者モードに陥ってしまう。

それについて、あなたは何もする必要はありません。そうではなく、ただ、それを役に立つ情報として眺めればいいのです。実は、自分が被害者のように感じられる時にはいつでも、私達はただそれに注意を払った上で、「ああ、やっぱり私はまだ恐れている。そして、それはそれでかまわないのだ」と言うだけでいいのです。
JACIM【質問】No.13 (org.#956)

イヤなこと、不安に思うこと、日々たくさんある。
そういうことに対して「眺められる」ようにすればいいのだ。
それが難しいけれども、「眺めるんだ」という思いを継続しなければ、どうにも進めない。
これだけが、私たちの持てる意思、「ちょっとした意欲」なのだろう。

この概念によって、私は、神による私の救済のための計画に従って、自分の幻想のすべてを真理と取り替えてもらおうという意欲を表明する。
私はどんな例外も設けず、どんな代用もしない。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.89.3:4より

二文目が私にとってはとても重要。
「これは違うから!」「これだけはダメ!」
そんな例外を設けたい気持ちは常にある。

だけど、そうじゃない。
それもこれもみんな同じことなのだ。
それを理解できるようになることが、私の目標なのだろう。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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