奇跡講座 ワークブック編 77.私には奇跡を受け取る資格がある。

ねこやなぎ

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より77.私には奇跡を受け取る資格がある。

今日のレッスンを繰り返そうとすると、
何度も「私には奇跡を受け取る価値がある」と間違ってしまう。
きっと、自我が強烈に介入しているのだろう。
価値がある人がいて、価値がない人がいる、という認識だから。

そうではなくて、奇跡は全員が受け取る資格がある。
ほんの少しの意欲さえあれば、全員が受け取れる。

でも、奇跡という言葉の意味は、この世界での意味とは異なる。
この世界を変える奇跡ではなく、自分の内側と、そこから始まる外側を変える奇跡である。
だからこの世界の法則にのっとって動き、見ている人には、奇跡は現れない。
(この「奇跡講座」の中で言われる奇跡)

私は奇跡を不満と取り替えることはしない。
私は自分に属しているものだけを望む。
神は、奇跡は私の権利であると定めた。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.77.8:3より

「誘惑にかられそうになったら」上の文章を唱えると良いとある。
誘惑=不満を抱きそうになったら、ということなのだろう。

こんなに一から十まで不満だらけなのだけど、
今日のレッスンは大丈夫だろうか?

まずは過去を見ない、ということが必要だろう。
自我はすぐに「だって○○さんは、あの時にこうしたし!」みたいな、
私に不利をもたらしたことを沢山持ってくる。

そうではなくて、その人の本来の姿を見ること、
見えなくても存在を認め、見ようとすること。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク