奇跡講座 ワークブック編 71.神の救済計画だけがうまくいく。

寒ぞら

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より71.神の救済計画だけがうまくいく。

かれこれいつから71のリピートに入ってるんだろう。。。
朝起きよう!という気持ちも毎朝折れ、
結局は起きられない→ブログ書けないという繰り返しに。

忙しい時期だから仕方がないけど、
ワークはしているのだから、なんとかレッスンを進めたい。
リピートしているのも意味があるのでしょうけどね!

あなたが抱く不満はどれもみな一つの宣言であり、あなたが信じていることの主張であり、それは「もしこれがこうでなかったなら、私は救われるだろうに」と言っている。
そうして、救済のために必要な心の変化は、あなた自身を除いたすべての人とすべてのものに対して要求される。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.71.2:4より

冒頭で、このレッスンをぐるぐるリピートしていると書いたけれども、
私自身もこのレッスン内容の中をぐるぐるリピートしてきた生涯だ。

○○さんがこうしてくれればいいのに!
××がこういう状況だったら、私はもっとできたのに!
そんなことばかり言っていた。(と、過去形にしたいものだ)

私が何をやってもうまくいかず、不幸なのは周囲の状況のせい。
私の才能のせいではない。
・・・というところから出発して。

次に至ったのは、状況の責任は私にあり、
私の意志によってすべて変えられる。
・・・という風になった。

でも、状況に関与しても、関与している感はあるけれど、
やっぱり私にとってプラスになっているようには思えない。
・・・ということで、この世界のありように期待するのが
そもそも間違っているという気持ちにうっすらとなっている。

それが奇跡講座の考え方なわけだけど。
やっぱり、心の世界を探求している人たちとほぼ関わらず、
フツーに社会人やっていれば、この世界の動かし方中心に
心はどんどんなるわけで。

どこか人里はなれた山奥で、
最小限に人との関わりを避けていれば、
きっと心安らかなんだろうな~と、つくづく思う。

でも、きっと、それは、以前できたことなのだろう。

だからこそ、こういう状況の中で、
奇跡講座に出会って「これだ」と思い、
困難な中でも手放せず、しがみついているのだろう。

私の魂をかけた挑戦なのだ、きっと。

キツいけれども、このバランス感が自分で仕切れるようになると、
同じように苦しんでいる人たちの助けになる。
それは、助けを求めている人たちの目には、
どんな形であれ、きっと届くのだ。

神の救済計画だけがうまくいく。
1時間に何回も思い出せるわけでもないけれども、
今日を仕上げの日にして、次のレッスンに進もう。

私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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