奇跡講座 ワークブック編 56.復習26~30

奇跡講座 ワークブック編 56.復習26~30

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より56.復習26~30。

この奇跡講座に助けられています。
攻撃的な考え、
それをしないようにしよう!と思わない限り、
「私が攻撃的になっても仕方ない、当然の状況なんだもん!」と自我が言います。

同じような考え方を率先している人でない限り、
この世界の常識から考えると、私の攻撃は当然なのだと思います。
だけど、そこをしない努力。

自分の罪を赦して、時間を巻き戻していくには、
本当に自分の意思の力が必要だし、
神がいつも私の中に居るという強い思いが必要です。

確かにこの世界のどこを探しても神はいなかったし、
ならば、探していない自分の中以外に、神はどこにいるんだろう?
もちろん、ここにしか、居ないんじゃない?って思います。

私が誰かを思い出したければ、この自分像を手放すことが必須である。
それが真理と置き換えられるとき、心眼は必ず私に与えられるだろう。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.56.2:4より

真の法則はキッパリとしていて、
真か偽どちらかではない。
その中間はなく、どちらかっぽい中間、みたいな位置もない。
まさに私好みであるけれども、厳しいことだな、と思う。

自分像(イメージ)を完全に捨てたとき、
新たな心眼(ヴィジョン)を伴う、真実が見えてくる。

私の自我は「だって○○さんが~!」とか、
攻撃しないと今後が転落の人生になる、と不安をあおっている。
そこを超えるんだ。
この世界の常識を一つ捨てて考え、行動することがこんなに怖いなんて。
たった一つのことなのに。

でも挑戦してみる。
常に、攻撃しない、を選択するのだ。

今日も私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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