奇跡講座 ワークブック編 55.復習21~25

方向を決める者

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より55.復習21~25。

同じ項目ばかり復習しているような気がしますが、
このところ、気分が奇跡講座からそれていたので、
気合を入れ直しました。

「自分の人生にとって一番大切なものは何か?」

ここと何度も向き合っています。

私は仕事でも何でも同じような風なのですが、
集中する
→疲れてダラダラしたくなる
→体を壊してダラダラせざるを得なくなる
→ダラダラしすぎて自己嫌悪を感じる
というルーチンをいつもいつも繰り返しています。

遊びベタというか、気分転換ベタとでもいうのでしょうか?
あまりにも頑張りすぎて、
「もう離脱したい・・・何もしたくない・・・」となります。

今回もそこを通過しつつあり、
ようやく「これじゃイカン!」となり、
奇跡講座に少しずつ寄り添う時間を増やしています。

この波のようなものを少なくしていきたいな。
なくならなくても、高低差を少なくしたい。
それが多分、穏やかに生きる、と言うことなのだと思います。

こうした映像を生じさせているのは、私自身の攻撃的考えである。
私の愛ある考えは、この世界についてのこのような知覚から私を救い、私のものであるようにと神が意図した平安を私に与えてくれる。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.55.2:5より

攻撃ばかりしていては、平安は訪れない。
どうして世界中がお互いに攻撃ばかりしているんだろう?と気になりますが、
自分の心が穏やかになったとしても、周りは戦争を続けるのだと思います。
自分の心が変わることは、現実を変えることにはならない。

ただ、私の知覚が変わる。
だから、たとえ周囲が争いだらけでも、誰かから攻撃をしかけられたとしても、
気持ちからそれに乗っかっていかない。
そこに攻撃心を突っ込まないことが大切なのだと。

テロのニュースは刺激的ですが、
見ているとどんどん深みにはまっていきます。
人間の脳は常に更なる刺激をもっと求め、
「次の期待」があるとドーパミンを出し、刺激をもっと求めます。

まさに刺激バカ。
それは自我の部分なんですが。

だから穏やかに生きたいと聖なる部分が叫んでも、
全然刺激的じゃないから、自我に押しこめられるんです。
そういう物の考え方をしてきたから。

今まで通ってきたルートを思考が通るのは簡単なこと。
新しいルートを開拓するのは、努力が必要です。

救済はここにあり、ほかのどこにも存在しない。
攻撃的な考え方がなければ、私が攻撃の世界を見ることはないはずだ。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.55.3:2より

いつもここにある。
探しにいかなくてはならないものではない。
大事なことだと思います。
探す行為は理由を外に見出そうとする逃げの姿勢なのだと。

今日も私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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