奇跡講座 ワークブック編 21.私はぜひとも別な見方でものごとを見たい。

光をともす。

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より21.私はぜひとも別な見方でものごとを見たい。

今日のレッスンを行っていて、
自分の中にどれだけ「やりたくない」がたまっているのか、
同時に「○○さんのせいでやらなくちゃいけない、イヤだなぁ~」
というのがいかに多いのかにウンザリする。

自分が面倒くさがりだということは分かっていたつもり。
だけど、こうもことごとく、誰かのせいにしたり、
すべての行動を面倒くさがっているとは!
もうちょっと狭い範囲かと思ってたよ~

怒りがとる反応の形には、軽い苛立ちから激怒に至るまで、どんなのでもありえる。
あなたが感じる感情の度合いは問題ではない。
かすかな煩わしさも、激しい怒りを覆い隠すベールにほかならないことを、あなたも次第にはっきりと自覚するようになるだろう。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.21.2:3より

自分の中を見ることは、ちょっとした憂鬱を伴う。
だって、イヤな部分がクローズアップされるだけだから。

でも、私はできるはず。
それを今、見える範囲で見ても、つぶれない。
そういう準備ができているから、
このレッスンにたどり着いて、実際に行う日が訪れている。
私は、自分の思考につぶされない。

しかし、この怒りの部分を除くと、
まぁ、ロクなこと考えてないなぁ~と思う。
自分が理解できることしか考えられないから、
所詮は自分の器以上のことは考えられないからだろう(笑)

そうとらえてみると、
私は一日中、意味のないことばかり、考えていることになる。
今もサイコーにダサい五輪ロゴなんて考えてたし・・・(書いてる途中寄り道してた)

奇跡講座のレッスンを続けることは、
自分の心の在り方に意識を向けることで、
そうするとどうしても自分の心の些細な怒りから、でっかい怒りまで気づくことになる。

気づくから、「あー、またやっちまってる」と気分が悪くなる。
そこを後追いでも修正かけていく。

今は「後から修正」しかできないけれども、
この間隔が、だんだんと怒りを発した瞬間に近づくように狭くなっていく。
そして最終的には、怒りを発する前に脳内修正が行われるようになる。

きっと、そうなるとずいぶんと楽になるのだろうなぁ~
この世界を見る見方も変るんだろう。

以前と変わらぬ接し方をしてくる人もいるだろうけれども、
変化した私に対応して、優しくなる人も出てくるだろう。
でも究極的には、それすらも気にならなくなるのだと思う。

今日は五回。
最初、30分ごとかと思って焦ったけど、そこまで大変じゃない。
昨日のできた率は半分くらい、かなー。
今日も真剣に努力してみよう。

今日も私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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