奇跡講座 ワークブック編 17.私は中庸なものを見ていない。

空の写真。

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より17.私は中庸なものを見ていない。

あなたは中庸な考えをもっていないので、中庸なものを見ていない。
その逆であると信じたいかもしれないが、常に考えのほうが先行する。
この世界はそのように考えることはしないが、あなたは自分の思考がそのようなものであることを学ばなければならない。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.17.1:2より

自分の考えが視覚に投影される。
改めて言われてみて、ようやくしっくりときた。

私が誰かを好ましいと思う時、
その人に欠点があっても、気づかないことも多い。
(だからこそ結婚という制度があるのだと思う)

反対にキライな人!と思ってしまうと、
私の95%はさらにイヤなところを探し、
強烈に良い印象をもたらすことがあった時のみ、
残りの余白5%が反応して「認識違い」というレッテルを貼るだろう。

この窓の向こうに見える景色も、
素敵と思えば素敵に感じるし、
反対に平凡だと思えばいつも変わらぬ平凡さを切り取るのだろう。

年齢を重ねるとどんどんと物の見方に偏りができるのは
そういう仕組みなんだろうな。

だからこそ、子どもの近くにいる人は偏ってない人のほうがいいけれど、
そんな大人は殆どいないから、
結局は子どもが大人になったときに、
自分で身に着けたものを、手放していく選択をして、
一つずつ削ぎ落としていくのだろう。

削ぎ落として、中庸な感覚で見ることができたら、
人の周囲に光が見えるようになるということなのかな。
一つの指針になるから教えてくれて良かった。

もちろん、光を見ることが目的ではなく、
その先にあるのだけれど。

今日も私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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