奇跡講座 ワークブック編 16.私に中庸な考えはない。

のんびりいきたい。

今日は「奇跡講座 ワークブック編」より16.私に中庸な考えはない。

昨日のレッスンは非常にタメになった。
毎日近所を走っていて、昨晩は家族が同行したいと言い出した。

ひとりで黙々と走るのが好きな私は「えーっ」と思いつつも、
夜はひとりで走らない家族が一緒に走りたいというのだから、
仕方ないか、としぶしぶ受け入れた。

走り始めると体が重い!
だけど、家族が一緒だと自分のペースで気にせずゆっくり走れない。
「今日は天気も悪いし、走れるだけでもいいと思ってたのに!」
のんびり走るつもりが、前方を走る家族が気になって気になって仕方ない。
すねも筋肉痛みたいで、足を下ろすたびにズキンとする。

「私は一人で走るのが好きなんだ!
お友達と一緒にいるのが好きなあなた(家族)とは違うんだよー!!!
もうやだー!」

のろのろ走りながらこういう考えが頭に回り出す。
その時に「あ!」と思った。

「今、私は、100%、自分の罪悪感を家族に押し付けて、家族を悪者にして排除しようとしている!」

だってー家族が○○なんだもん!
理由なんてどーでもいい。
これが私の心の中に眠る罪悪感なのだと思った。

「だから自分はまったく悪くない!」
それが言いたいだけだもん。

走っていると同じ考えが何度も浮かぶので、
そのたびに「私が作り出した形象である」を繰り返す。
繰り返しても即座にスッキリするものでもないけれども、
そのままにしておくと、私は家族の罪を現実化してしまう。

多分、家族に冷たい仕打ちをしてしまったことだろう、とも思い、
家についてから謝った。
「八つ当たりしてごめんなさい」と。

私は謝るのが大嫌いだし、
自分に非があるなんて認めたくなかったから、
奇跡講座を始めるまで、ほとんど人に謝ってこなかったと思う。

今でもバツが悪いけれども、
謝る行為と、そこに至る気持ちを持てるようになったことは、
私の進歩なのだろう。
小さくても。

あなたの見ているすべては、あなたの考えがもたらす結果である。
この事実に例外はない。
考えには大小も強弱もない。
ただ真か偽かのどちらかである。
真実の考えは真実のものを創造する。
偽りの考えは、偽りのものを作り出す。
中央アート出版社)奇跡講座 ワークブック編 W-pI.16.1:2より

周囲の人の考え方が合ってる/合っていないは関係なく、
自分の考えが真か偽かというだけの問題。

そこには真っぽく見える偽が隠れている。
自分の気持ちを見過ごさないようにしよう。

今日も私たちが聖霊の声を聞き取ることができますように。
私たちの選択を聖霊のものと一致させることができますように。

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