奇跡講座 付録 2-1.自分を赦すこと*祈りの歌

すずしくすごしたい。

今日は「奇跡講座 マニュアル編 付録」より2-1.自分を赦すこと*祈りの歌

今日のタイトルは「自分を赦すこと」ですが、
この世界的な目で見ると他者を赦すことに当たります。

ここは、相対立するものでできている世界である。
そして、この世界があなたに対し実在性を維持している間は、あなたは毎瞬、相対立するもののどちらかを選択しなければならない。
しかしあなたは、選択できる選択肢を学ばねばならない。
さもなければ、あなたは自分の自由を達成することができない。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編S-2.1.10:1より

選択権は私がにぎっている。
誰が何をしようと、私が自分の心の範囲や動き方を決めている。

昨日、家族と
「あなたが不機嫌そうに見えるとき、こちらは毎回、非常にとまどうのだけれど、実際にそれに対してどう行動すればお互いにとって穏やかにコトが収まるのか?」
ということを話した。

結局、家族からは
「話しかけられて解決する場合もあるかもしれないけれども、多くの場合はそのままそっとしておいてもらう方がいい。夏の間はとくにイライラしがちで困らせることも多いけど。」
ということで、今後、相手が不機嫌な場合は
必要以上に話しかけず、そのまま置いておくことにした。

こういうやりとりの間中、相手はとても落ち着いていた。
家族は落ち着いていると、頼り甲斐のある、とても魅力的な人物に見える。
「落ち着いている時は『本当にこの人のことスキだなぁ』、と思うのに」としみじみ思った。

だけど、これはある人の一部を取り出して
「この部分は受け入れられるけど、この部分は受け入れられない」というのと同じ。
やっぱり私はまだ全体を受け入れてはいないんだな、と感じた。

些細なことが相変わらず受け入れられない。
自分が不快に思うこと。
自分が思っている方向に行こうとするときに入る妨げ。

本当に受け入れ難い時、一時的に遠ざかることも必要だろう。
だけど、毎回「あんたはクズ」という言葉でひっかかるのであれば、
いつかは「あんたはクズ」と言われても、
何も起こっていないことを感じとり、受け流すことができるように、
少しずつ正面から向き合う機会も必要になってくるだろう。

私には「今はちょっと向き合えないから、また明日からトライしてみる」
ということが今でも沢山ある。
例えば、先日も書いたけど、このブログを書いている時に、
バンバン入ってくるLINEの通知。
今日は通知を切ってしまった。

だけど毎朝、こうするのもおかしい。
いつかは対峙できなくては。

今日はおだやかに一日過ごしたい。
私たちがベストな選択ができ、心穏やかでいられるよう、
聖霊がサポートしてくださいますように。

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