奇跡講座 付録 2. 精神療法のプロセス*精神療法:目的、方法および実践

心静めて

今日は「奇跡講座 マニュアル編 付録」より2. 精神療法のプロセス*精神療法:目的、方法および実践

タイトルの付け方で混乱しているけど、当分はこんなカンジ・・・
もう少し進んだら一気に修正するかも。

実相につながる道を開くことができれば、精神療法は究極の成功を達成したことになる。
精神療法の機能全体が、最終的には、患者が一つの根本的誤りに対処できるよう助けることにある。
その誤りとは、「怒りは、自分が真に望むものをもたらしてくれるものであり、攻撃を正当化することにより、自分が保護される」という信念である。
これが誤りだということを彼が認識するその度合いに応じて、彼は真に救われる。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編P-2.序.1:4より

一昨日ちょうど話していた部分が書かれていたので、
今回のセクションは興味深かった。

それよりも、今朝、電車で興味深いことがあった。
座っている人が足を投げ出して寝ていた。
私はつり革につかまって立っていて、ちょうど位置的に寝ている人のつま先が邪魔だと感じた。
駅を過ぎるごとに、どんどん人が乗ってきて、足元はさらに窮屈になることが分かっていた。

「邪魔だー、この人が足を動かしてくれさえすれば!
座っているなら、立っている人に少しくらい配慮してくれても・・・」
と、その時思った。
同時に自分の中に怒りを感じた。
これは紛れもなく怒りだと分かった。

それで今日のセンテンスを読み直した。
「怒りは、自分が真に望むものをもたらしてくれるものであり、攻撃を正当化することにより、自分が保護される」

うわー、私、相変わらずこの位置にいるよ。
訂正する意志はあるけれども、まずは事象に対して誤った判断を誘導しそうな考え方が出てくる。
全然セラピストできるような位置にいないじゃん・・・
しっかり自分の状態を認めたので、セラピスト修行を当分続けます。一生?!

もう一つ、奇跡講座の中では当たり前のことなんだけど、
ようやく実感として分かったことがある。
それは心がすべてを作り出している、ということ、かな。

お気に入りのキャラグッズが発売されたとする。
ほしい、と思う。
その時点で、ものすごーく、キラキラしているように見える。
だけど、お金ができたり機会ができて購入した瞬間にそのキラキラが消える。

キャラグッズそのものは何も変わらない。
売られていた時と、自分の手元にある今。
物質的には変わらない。
でも、私から見ると、もう全く違うものなのだ。

物質は同じでも、勝手に価値を付けて判断している。
「私は何も知らない」というのも、こういうことなんだろうな、と思った。
当たり前だけど、とても不思議に感じる。
心の変化で、物の見え方が変わる。

今、私が挑戦していることがある。
それは、自分よりも強そうに見える人を赦せるか。

自分よりも弱そうに見える人は殆ど赦せてしまう。
それは多分、うまくない方法なんだろうけれども、
相手のウィークポイントに憐れみを感じてしまうから。

そうじゃなくて、赦すということは、
そこに兄弟が居れば、理由なんかすっとばして無条件に愛すること。
理由を付けずに人を愛することができるのか?と考える。
自分よりも完璧にこの世界に愛されていると思える人に対して、自分が怒りを感じた時に。

相変わらず全然進んでいない気がしますが、
今日もあせらず、心穏やかに一日を過ごすように気を付けてまいりましょう☆

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク