奇跡講座 マニュアル編 29. その他のこと

おにあい

今日は「奇跡講座 マニュアル編」より29. その他のこと

今日でマニュアル編の前半が終了。
最後のセクションで私が不安に思っていることも解消できそうです。

自分のために決断してくれるよう聖霊に求めるというのは、単に自分が真に受け継いでいる賜物を受け入れることにすぎない。
これは、聖霊に相談せずには何も語れないという意味だろうか。
いや、まったくそうではない!
そうだとしたら実用性ではなくなる。
そして、このコースが最も気にかけているのは実用性である。
もしあなたが、自分にできる時や場所で助けを求めるということを習慣として身につけたなら、必要なときには自分に英知が与えられると確信して良い。
毎朝このために準備をし、一日中、神を思い出せる時には思い出し、聖霊に助けを求めることが可能なときにはそれを行い、夜には、その導きについて聖霊に感謝しなさい。
そうすれば、あなたの確信はまさにしっかりと根拠に裏打ちされたものとなる。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-29.5:4より

私がワークブック編を学んでいる時も、
今も変わらず悩んでいるのは「日中に神のことを思い出せない」こと。
自分で押しやっているから、なのだろうけれども。
ほぼ、このブログを書き終えた時間から、一人だけの行動になっている。

だから「一日中、神を思い出せる時には思い出し」とあるのは、とても嬉しい。
思い出せない時もあるし、それは多い。
そういう時があることを、奇跡講座は責めてこない。
罪悪感を持たずにすむ。

そして前半では「実用性が大切」と。
緊急時に聖霊の判断を仰いで、なんて無理なのだ。
一瞬で判断を迫られたときに、聖霊に聞かなくていい。
(もちろん余裕があれば聞いてもいいけど)
そして、聖霊に聞かなかったことを、聖霊や神は責めない。

私はまた、聖霊に提案されたことを、忘却の彼方に押しやっているけれども、
それについて聖霊は怒ったり、嘆いたりしない。
私が提案されても実行しないことについて罪悪感を持たせたりもしない。
「ただ、選ばなかったのね」と思うだけ。

それに対して、きちんと次の別ルートを考えてくれる。
無理強いはしない。

だから、私は奇跡講座を続けられるのだと思う。
私は周囲から押し付けられることをとても嫌う。
それだけで窮屈だと感じてしまうし、自由じゃない、という気にもなる。

聖霊はいろいろアドバイスをしてくれるけれども、
実際に選択するのは私たち。
それに従わなくても、聖霊は文句を言わない。

そしてあなたが神から運んでくる恩寵の中で、全世界は静けさに包まれる。
あなたは神が愛する子であり、あなたに定められているのは、神の声を世界中で聞かれるものにし、時間にまつわるあらゆるものごとを閉じ、目に見える光景の一切を終わらせ、移り変わるものすべてを取り消すための手段となることである。
目にも見えず耳にも聞こえないが確かに存在している世界があなたを通して招き入れられる。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-29.9:3より

すごいなぁ~とこの表現を読んで思う。
ただ、わくわくする、と言っても、静けさを伴うわくわく。
内部で穏やかに朗らかに輝く、という感覚だろうか。

圧倒的なものがあって、
それは他の何においても真理で、
最終的にはそれがすべての幻想を溶かしていくこと。

まずは私の中から始まり、
多くの人の中の聖霊と呼応し、
広がっていく今度こそ永遠に変わらないもの。

私たちが小さな部分からでも実践することにより、
今日も明かりがともりますように。
アーメン。

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