奇跡講座 マニュアル編 28. 復活とは何か

雨上がり

今日は「奇跡講座 マニュアル編」より28. 復活とは何か

核心に迫るタイトルになってきたなぁ~
・・・と思って、パラパラめくってみると、次の「その他のこと」で本文終了。
次は「用語の解説」が待っているようです。

その後はこのまま付録を読む予定。
このブログを書く、という習慣が、
自分の学習を続ける支えになっています。

それを考えると「伝えるためにブログを書く」ことは、
このブログの意味として二の次で、
「私が奇跡講座からドロップアウトしない」ことが一番の目的であり、
最初から聖霊はそれを分かって私を上手く導いたのだろう。

昨日、精神的なブレが少なく、
高潔な武士のような方のセミナーに参加して
「生き方とは」というテーマについて2時間考えてきました。

その中で「尊敬する人と理由」を書き出すワークがあり、
様々なワークを行った最後に眺めてみると、
結局は自分の目指したい生き方と尊敬している理由が合致している、
ということが自然と分かるような良セミナーでした。

一番最初に浮かんだのはイエス。
だけど、宗教的すぎて、周囲の人にシェアしずらいなぁ~
と思っていたら「その人の一部分をとても尊敬している、でも大丈夫!」と。

数名の身近な人をあげ、
それぞれのキーワードをあげ、
他のワークを含めて最終的にキーワードを1つ選び出しました。

私は「慈愛」と書きました。

まさにイエスのキーワードであり、
他の尊敬する人の中に含まれるものも大きく包み込むビッグワードです。

ここ数年ほど、私は「お金お金」とお金のことぱかり気にしてきました。
でも、自分の深い部分では、そんなことは全く求めておらず、
ただこれだけを目指していたい、と思っているのだと分かりました。

講師の人の導き方で助かったのは
「生き方は人それぞれであり、正解/不正解はなし。周囲と比べるものでもありません。」
と繰り返し言ってくれたこと。

お金に向かっていくのではなく、
日々、慈愛の方向に向かえるように、
それは自己進路調整の日々になると思います。

またそれは、学びが終わるレッスンである。
なぜなら、このレッスンをもって学びは完了し、そこを超えて進むことになるからである。
そしてそれは、神に最後の一歩を踏み出してほしいと求める招待である。
それ以外のあらゆる目的や興味や願望や懸念を、一つ残らず放棄することである。
それは、父を求める神の子の単一の欲求である。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-28.1:7より

復活を本当の意味で自分の中に受け入れることができたら、
それは学びの最終段階。
その時には「それ以外のあらゆる目的や興味や願望や懸念を、一つ残らず放棄する」ことがムリなくできている。

まだまだ「お金があぁ~」なんて言ってる私には遠そうだけど、
近づきたいという意欲はいつも少しは持っている。
だからゆっくりと近づくことで、自我の強烈なパンチを避けながら進むのだ。

今日、一気に進んだとしても、自我にノックアウトさせられる。
二度と立ち上がれないくらい強烈に。

それならば、時間はかかっても、
自我を徐々に飼いならしながら、
そこを越えることを虎視眈々と狙っていきたい。

だから、私には時間がかかるだろう。
そして、きっと、
一気に進み、強烈なパンチを食らいながらも立ち上がって進む人もいるのだろう。

その打たれ強さはうらやましいけれども、
自分と他人の歩みを比べることはできないのだ。

勝ち負けはない。
いつ到達するかも問題にはならない。
自分が到達するかどうか、それだけが私の問題になる。

ここでカリキュラムは終わる。
ここから先は、何の指導も必要ない。
視覚はすっかり訂正され、すべての間違いは取り消されている。
攻撃は無意味であり、平安が訪れている。
カリキュラムのゴールは達成された。
想念は天国へと向かい、地獄から離れる。
すべての切望は満たされている。
なぜなら、未回答または不完全なまま残されるものなど、何もないからである。
最後の幻想が世界中に広がり、すべてのものごとを赦し、すべての攻撃と入れ替わる。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-28.3:1より

すべての切望が満たされている状態。
想像するだけでうっとりします。
ほかに何も必要と思わない状態が今も続くし、未来もそうであるという安心感。

自分の中を覗き続ければ、
どうしてこんな複雑な迷路に入っちゃったの?と思うけれども、
ずっとずっとどの世代のときにも、光は注がれ続けてきたのだなぁ~
ただ私が気づかなかっただけで。

その一筋の光でも、
今生はつかむことができて、
それをたどる決心ができ、
よろよろしながらも、確実なゴールに向けて歩き始めることができた。

ようやく、というところだけれども、
今まで反対の方向にばかり歩いていたのだから、
二倍の速度で遠ざかっている自分はすごい、と思う。

同じようにつらい人、
私よりもさらにつらい人も沢山いるだろうけれども、
そういう人たちのちょっとした励みになればいいな、と思う。
一緒に今日も、真実を目指して歩きましょう。

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