奇跡講座 マニュアル編 22. 癒しと贖罪はどのように関連しているか

ほわり

今日は「奇跡講座 マニュアル編」より22. 癒しと贖罪はどのように関連しているか

神の教師の進歩は、遅くもなれば、速くもなる。
それは、彼が贖罪の包括性を認識しているか、それとも、しばらくの間いくつかの問題領域をその包括性から除外しているかにかかっている。
ある教師たちの場合には、贖罪のレッスンはすべての状況に完璧に当てはまるという完全な自覚が突然訪れることもあるが、これは比較的まれである。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-22.2:1より

すべてを同じように赦しの対象として認識すること。
これができれば進歩は確かに速くなるのだろう。
自分の中で勝手に聖域を設けて「ここから先は対象にしなくてもいい」と決めているフシがある。

きっとこれについては、ある程度、無意識に押し込めてる。
表層にあがってこないようにすることで、
ノーチェックで見逃しているようなイメージ。

もっと自分の気持ちに気づいたほうがいい。
自分の感情を野放しにしすぎている。
リアルタイムで気づけなくても、
あとで「あー、怒ってたなぁ」とか「赦せなかったなぁ」でもいいと思う。

そうやって後追いになっても、自分の気持ちをチェックすることによって、
繰り返していくと、少しずつチェックのタイミングが早くなり、
思うと同時にチェックができるようになって、
最終的には思う前に思うことの修正ができるのではないか。

自己コントロールって大切だなぁ。
他の人をあれこれ動かそうとする前に、
自分を動かすのがどれだけ大変か、知ったほうがいいと思う。

完璧な自覚が突然訪れるのは、まれ。
そういうことに期待しちゃダメなんだなぁ~残念ながら。
明日突然訪れてくれて、以降ずっとそうだと簡単なんだけど、
そういう風にも上手くいかない。
小さなモチベーションを胸に訓練しつづけるのみ。

病気の者は、自分自身を神から分離していると知覚している。
あなたは彼があなたから分離していると見たいだろうか。
彼を病気にさせた分離の感覚を癒すことが、あなたの任務である。
彼が彼自身について信じていることは真実ではないと、彼に代わって認識することが、あなたが果たすべき機能である。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-22.6:5より

以前、私は薬の代わりに別のものを飲んだり、
別の手法で痛みや身体に出ている症状を治そうとしていた。
食事療法を取り入れてみたこともある。

しかし、それらは結局は自分を肉体だと見ていることになり、
どの手法を使っていても、その肉体化は避けられないことが分かった。
だから、今は手っ取り早く薬を使っている。

薬を使えば治ると思っている部分は、
真理から見るとまったく誤りなのだけれども、
まだ手放せない部分があるので、
その時に格闘して、さらに妄想を現実化するよりも、まだマシかな?と思う。

今日も遅筆ながら、一日の終わりに書き上げることができました。
私の小さなモチベーションを今日も継続できたことに感謝。
明日はもう少し些細な気持ちの変化も汲み取ることができますように☆

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