奇跡講座 マニュアル編 16. 神の教師は、どのように一日を過ごすべきか

しずく

今日は「奇跡講座 マニュアル編」より16. 神の教師は、どのように一日を過ごすべきか

今日のセクションを読んでいてビックリしました。
昨日、一つ前のセクションで「一日の始まりの大切さ」に気づきました。

奇跡講座 マニュアル編 15. 最後には一人ひとりが審判されるのか

しかし、今朝もベッドの中でもぞもぞ・・・
「起きなくちゃ、静かな時間が取れない!」そう思いつつ、何度も夢の世界へ。

と、ここまで書いてみて、
今の目が覚めている状態のときと状況は大きく変わらない。
ということに気づきました。

こうして目が覚めていても、私はもぞもぞと夢の世界をさまよっているのです。
私の中の正しい場所からの呼びかけは小さく何度も聞こえています。

今日のセクションを読んでいる間も、読む前も、
何度も無意味なことを優先しようという声に引きずられました。
何とかこうして書き始める段階に進むことができて良かったです!

それゆえに、大まかに言えば、一日を正しく始めるのがよいということは言える。
一日の始め方を間違えたとしても、いつでもやりなおすことはできる。
しかし、時間を省くという意味では、正しく始めることには明らかな利点がある。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-16.2:6より

私は昨日も書いたように、一日の始まりがうまく設定できないと、
一日の途中で軌道修正することが難しくなる。
まだまだ学びの最初の地点だから、なのだろう。

進んでくると、この世界の仕組みに飲み込まれながら一日を開始しても、
早い段階で無意味なことを追い続けていることに気づき、
真理への軌道修正ができるに違いない。

今はそれが不可能であれば、
できる限り朝の早い時間に神と共に過ごすようにするのが一番。

そして、たまに行っていた夜眠る直前に神と過ごすことも日常的に行おう。
今思い返しても、それから睡眠に入って悪い体験をした記憶がない。
ということは、きっと良い影響を私に与えているに違いない。

しかし、できるなら、就寝の直前が、神に捧げるのに望ましい時間である。
それはあなたの心を休息しやすい状態にし、あなたを恐れから離れる方向へ向かわせる。
この時間を早めにとるほうが都合のよい場合でも、就寝直前にもほんの一瞬でよいから目を閉じて、神について考えるわずかな時間をもつことだけは忘れないようにしなさい。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-16.5:6より

奇跡講座は難しいことを強要していない。
できれば~した方がいいけれど、上記でも「ほんの一瞬でよいから」と書かれている。
こういうのが、ずぼらで、常に逃げ回るのが好きな私にとってありがたい。

無でしかないものをこんなにも恐れているとは、何と愚かなことだろう!
まったくの無でしかないというのに!
あなたの防衛がうまくいくことはないが、あなたは危険にさらされてはいない。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-16.6:9より

ここを読んで、とても気持ちが楽になった。
私はまたまた生活不安、という無意味なものにとらわれていたから。

きっとこの世界的な対策を打っても打っても、
私は生きていくことに恐怖を感じるのだろう。
そもそも、この世界に観点を置いていることが誤りなのだ。

私たちが今日も自分の中の導き手の存在を忘れず、
穏やかに過ごすことができますように。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク