奇跡講座 マニュアル編 13. 犠牲の真の意味は何か

道の途中

今日は「奇跡講座 マニュアル編」より13. 犠牲の真の意味は何か

この世界が与えることのできるものなど何もないという事実を知り、受け入れるには、多大な学びを必要とする。
無を犠牲にするということに、どのような意味があり得るだろうか。
それは、そうした犠牲のゆえにあなたの持ち分が減るという意味にはなり得ない。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-13.2:1より

昨日、現実に置かれている状況を改めて確認して、
かなーり落ち込んで「宇宙の果てまで逃避したい」
(ほんとは今すぐここでプチッと死にたい)
と、思いましたが、奇跡講座の教えを思い出し、
瞑想をして、2時間くらいで復活しました(笑)

そんな時に思い出すのがテキスト編で学んだこと。
奇跡講座のテキスト。第30章Ⅰ決断のためのルール

自分の気持ちを見て「不快である」と気づき、
「不快さを手放す」ことを決心して、聖霊に預ける。

対策は考えます。
聖霊に相談して、私にも周囲にも一番良い方法を。

ただくよくよしていても、誰も私の代わりに解決してくれません。
誰も助けてくれないことを周囲の責任として押し付けて、
暗く落ち込んでいても、時間の無駄のように思えてきます。

いくらでも私の罪悪感のスケープゴートになってくれる人はいます。
だけど、それに対して「違うでしょ」と止めてくれる存在がいます。
どんな状況でも、立ち直りの時間が短くなってきたかも、そう思います。

彼には、自分が何を求めているのかが見えていない。
それゆえに彼は、数限りない方法で、数限りない場所にそれを探しまわり、毎回、それはそこにあると信じつつも、その都度、最後には落胆することになる。
こうして、「探せよ、されど見つけることなかれ」がこの世界の厳しい掟であり続け、世界のゴールを目指す者で、それ以外のことができる者はいない。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-13.5:6より

感じるのは、成果や見返りを求めて懸命に行動しても、
自分の求めるものは結果として得られないことが殆どだということ。

それならば、愛を基軸にして行動していくほうが、
何倍もリターン率は高いし、実りも大きい。

自分が選択の地点にいることを感じて、
真理から見て正しい選択を積み重ねていきたい。
今まで散々間違っているとしても、
今、ここに私がいることは、まだ間違いを正せる時期であるということ。

今日も幻想に惑わされず、
兄弟たちを優しくみつめながら、共に歩いていけますように。

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