奇跡講座 マニュアル編 4.神の教師たちの特徴はどのようなものか IX.信義

ラムズイヤー

今日は「奇跡講座 マニュアル編」より4.神の教師たちの特徴はどのようなものか IX.信義

神の教師の信義の度合いが、このカリキュラムにおける彼の進歩の目安である。
彼は今も、生活のいくつかの側面だけを選んで自らの学びの対象とし、他の側面は切り離しておこうとしているだろうか。
そうであれば、彼の進歩は限定されており、彼の信頼もまだしっかりと確立されてはいない。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-4.IX.1:1より

全般的に適用しようと思ってはいるのだけど、適用できていないのが事実。
そこには難しいという誤った意識や、
自我の部分では「しているように見せて、実はしていない」に持ち込みたいため、
上手くコントロールしているのだな、と考える。

「全部に適用しよう」と思い続けることが大切であり、
同時に、どこに適用できなかったかを見ることも大切なのではないか。

今までと異質なものだから、やはり、全部にいきなり適用は難しい。
難しいけれども、常に現状の把握も必要なんだろう。
ちょっと今まで自分に甘すぎたかな・・・

すべての問題を手放して一なる答えに委ねるということは、この世界の思考を全面的に逆転させることである。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-4.IX.1:6より

全面的に逆転、なのだから、簡単なはずがない。
そして、それをどうやっていくか、というのは、つべこべ言わずに実践、しかない。
その中で「もっとこうやればうまくできるのでは?」ということも浮かんでくるが、
とにかく「こんな風にやればいいのではないか?」とお手本になるような人をそっくり真似てみる。

最初はオリジナリティを出す必要なんてまったくない。
言われた通りに繰り返しやってみる。

つべこべ言うのは、現状を変えたくない、やりたくない気持ちの現れ。
自分を律しながら今日も実践していきましょう!

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