奇跡講座 マニュアル編 1.神の教師たちとは誰のことか

さくら・・・

今日は「奇跡講座 マニュアル編」より1.神の教師たちとは誰のことか

ブログ書けない日もセンテンスを読んでいますが、
マニュアル編、いいですね!

区切りが短いのがいい。
どこでも少しの時間を使えば1セクション読めます。
奇跡講座 ワークブック編、テキスト編はかなりボリュームがあるので、
最後にこのマニュアル編を読むと、とてもホッとします(笑)

ボリューム的に少なくても、内容はしっかり。
同じ著者によるものですし、
冒頭にも紹介されているように、翻訳チームの選定も何年もかけられており、
さらに翻訳自体もじっくりと進められたのが他の翻訳版を読むと良くわかります。

その中心的テーマは常に、「神の子は無罪であり、その無垢性の中に救済がある」ということである。
それは行動で教えることもできれば、想念で教えることもできる。
言葉で語ってもよく、無言でいてもよい。
どの言語を使っても、まったく言語を使わずとも、また、いかなる場所や時間においても、いかなる様式によってでも、教えることができる。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-1.3:5より

私は話すことが苦手です。
書くことは得意です。
そういう人にも、門戸が開かれているのは嬉しいことです。
こんな私でも教師として奇跡講座/コースと歩むことができると思うと。

言葉を使わなくても教えることはできているので、
私の行動や思考が周囲の人に学びの機会を与えているともいえます。
嬉しいと同時に、電車の中で毎日つまづかないようにしなくては!
知らない人だからぞんざいに接していいわけではありませんね。

本書は一つの特別なカリキュラムのためのマニュアルであり、普遍なるコースの特別な形態の一つを教える教師を対象としている。
他にも幾千もの形態があり、それらすべてが同じ結果をもたらす。
中央アート出版社)奇跡講座 マニュアル編M-1.4:1より

私が奇跡講座/コースのこういうところが好きなのかもしれない。
これは一つのカリキュラムですが、他にも学び方は沢山ありますよーというところ。

世の中「これはたった一つの特別なものです」といううたい文句であふれている。
もちろん、奇跡講座/コースもたった一つなんだけれども、
すべてのものの中に神が在るので、これにこだわらなくてもいいということ。

「これしかダメ、これじゃなきゃダメ」とは決して言わない。
だから奇跡講座/コースで挫折したとしても、それで学びは終わりではなくて、
最適な学び方をどんどん探せばいいのです。

もちろん、やっぱり・・・って戻ってきてもいい。
多くの人が同じように学んでいるけど、先を競っているわけではない。
だからいつ帰ってきても、奇跡講座/コースが合わなくても大丈夫。
必ず神の元に帰ることはできるから。

奇跡講座 テキスト編は、分厚くて持ち歩きが困難だったので、
会社用に据え置き1冊買ったけど、マニュアル編は持ち歩きできるかなぁ~
お試しトライしてみます!(薄い割に他の分冊と同じくらいの値段なので・・・)

今日も聖霊に判断をあおぎつつ、一日を過ごせますように!

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