奇跡講座のテキスト。第31章Ⅴ自己概念 対 自己

さくらさくら

今日は「奇跡講座 テキスト編」より31-5 自己概念 対 自己

今日のセクションは難しかったです。
何日か読み続けるかもしれません。
一部は理解できたのですが、文章として意味が分からなかったりする部分も多く、
このままサラリと次に進むのは良くない気がします。

なんと!
「なかなか進まな~い!!」とげんなりしていた第31章も
終わりが見えてきました!
31-8で終了なので、このセクションを含めて後4セクション!!

多分、自我的な抵抗としては、次に進むことを楽しそうに見せ、
この部分をスピーディーにすっとばして欲しいと思っていることでしょう。
最後のまとめ部分にもあたると思うので、しっかり読み進めます!

自己の概念を構築することが、この世界の学びが目的としていることである。
すなわち、その目的は、あなたが自己なしでやってきて、次第にそれを作り上げてゆくということである。
そして、「成熟期」に達する頃までに、あなたは世界と対等の立場で出会えるように、世界の要求と一致したその自己を完成させている。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-31.V.1:5より

自己の概念はあなたによって作り出される。
それはあなた自身とは少しも似ていない。
それは神の子としてのあなたの実相に取って代わるべく作り出された偶像である。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-31.V.2:1より

確かにこの世界に今生で降り立ったときには自己なしで、
徐々にこの世界の法則に合わせて作り上げられるように見えるのだけど、
これらはすべて私(の自我?)が作り出しているもの。
自己=自我と置き換えられるのかなぁ~

けれども、これは私たち自身の本当の姿とは似ても似つかないもの。
それは聖霊がいる部分・・・
というか、きっと、聖霊そのものが私たちの本当の姿なのでしょうね。

そしてあなたは、自分が関わり合える相手は自分自身だけだということを、知覚しないだろう。
有罪の世界を見るということは、あなたの学びがこの世界を導き手としてきたことのしるしに他ならない。
そして、あなたは自分自身を見ているように世界を見ている。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-31.V.15:5より

何度も奇跡講座/コースで説かれていることですが、
あの人のキライな部分も、
この人の少しだけひっかかる部分も、
すべては自分自身の中を投影しただけで、
私たちは本来の兄弟の姿を知らない。

知らないから、知りたいと思いますが、
今まで見えたことがない気がします。
これは、きっと私がまだ望むことも十分にできない状態だからなのでしょう。
やっかいだ・・・

口で言うのは簡単なのに、実践することはこんなにも難しく、
望んでるよ!と思っているのに、芯の部分からは望んでいない。

まだまだ歩み始め。
気を落とさずに、ゆっくりと進めていきましょう。
きっと心穏やかに毎日を過ごせる日が来るはず!

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