奇跡講座のテキスト。第31章Ⅰ救済の単純さ

星空

今日は「奇跡講座 テキスト編」より31-1 救済の単純さ

救済とは何と単純なものだろう!
それが述べているのは「かつて一度も真実でなかったものは今も真実ではなく、これからも決して真実とはならない」ということに尽きる。
起こり得ないものは起こったことはなく、いかなる結果ももたらし得ない。
それだけのことである。
これが真実であってほしいと望む者であれば、誰にとってもこれを学ぶことが難しいということはあり得ない。
それを学びたくないという気持ちだけが、これほど簡単なレッスンを難しくすることができる。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-31.I.1:1より

私はまだ「学びたくない」という欲求の中にいる。
これほどまでに奇跡講座/コースに関わり、毎日自分の中心に据えようとしているのに。
未だに抵抗感が強い。

あらゆることを理由にして、奇跡講座/コースの教えから逃げようとしている。
それは気まぐれに起こるのではなく、常にそういう姿勢だ。
私だけがこうなのではないのだろう、とは思うし、
こんなことだからこそ、人と比べるものでもない、とも思う。

真実ではないものに、どうしてここまで執着するのだろう。
それは「自分が育てたたから」ということが大きく関わっているに違いない。
自分の子供がかわいいのは、心や時間、お金をそれに投資しつづけたからだ。
その子供が自分にどんな利害をもたらそうとも、自分が費やしただけ、心を持っていかれる。

この世界が自分の子供だから、どんな子供であったにしても、
私は執着してしまうのだ。
なぜか今まで投資した分だけは回収しないと!とも思ってしまっている。

とにかく、常に、この世界は真実ではない、ということを念頭において、
ゆるやかに生活していくこを心がけたい。

毎回同じことを言っているので、言うは易し行うは難し。
それでも、心がけとして、同じことを繰り返し自分の中に入れていかないと、
自分の常識とは違う異質の考え方は受け入れられないだろう。

一瞬の間、静まり、私たちがこれまでに学んだすべてのものごとや、抱いたことのあるすべての想念を忘れ、ものごとが何を意味し、それらが何を目的としているかについて私たちが抱いている先入観のすべてを忘れよう。
この世界は何のためにあるのかについての私たち独自の考えも、思い出さないようにしよう。
私たちは知らないのである。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-31.I.12:1より

生活に困らないくらいの痴ほう症になりたい。
今までにあらゆるモノ・コト・ヒトにつけた目印をすべて忘れてしまいたい。
同じ人にあっても、過去の記憶を引っ張り出さず、新たな気持ちで愛情をもって接したい。

相手がこの世界にとらわれていようがいまいが、
真理は常に真理であり、必ず目の前の人もいつかはそこにたどり着く。
相手に対して性急である必要はないように、私も自分に対して性急でなくてもいいのかもしれない。

心がマイナス方向に傾いたとき、
「この状態はおかしい、私はこれを望んでいない」
まずはそこに毎回気づきたい。

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