奇跡講座のテキスト。第30章Ⅳ幻想の背後にある真理

うめのかおり

今日は「奇跡講座 テキスト編」より30-4 幻想の背後にある真理

忙しい時こそ、きちんと生きていけたらなぁ~
それができれば平常時はきっともっと簡単にできるハズ。
しかし、なかなか渦中にあるときには気持ちが上手くそちらに向かわない。

目の前のことよりも、大切なこと。
一番大切なことはなんだ?

・・・と、少し先が見えてきて落ち着いた今、思う。
自分が表層的に希望しているようには上手くいかないものだなぁ。
それくらい難しいものなのだろう。
今までの自分の価値観を崩壊させ、そこに正しいものを据え置くということは。

まずは、それに取り組もうかな~と思っただけ良いとするか。
今の段階は。

外観は、欺かれることを望んでいる心しか欺けない。
そしてあなたは、永遠に欺瞞をはるかに超越したところに自分を置くことになる単純な選択をすることができる。
どのようにしてこれが為されるかについて、あなたが気にする必要はない。
なぜなら、それはあなたには理解不可能だからである。
しかし、あなたが一つの非常に単純な決断をするとき、すなわち、「偶像が与えてくれると自分が信じているどんなものも、自分は望まないことにする」という決断をするとき、あなたは、強力な変化が速やかに引き起こされたことを理解するだろう。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-30.IV.6:1より

私たちが望む限り、外観は、幻想は私たちを欺いたり、とりこにすることができる。
それを断ち切るのは、私たちの決断と意志の力。
「偶像が与えてくれると自分が信じているどんなものも、自分は望まないことにする」という決断。

今になって、おじけついている。
こわい。
こわいから、自分にはできそうもないから、と逃げ出したくなる。

だって、「自分が信じているどんなものも」なんですよ。
それは「知っている」なんて生易しいものではなく、
信じて、それのために24時間365日生きてきたものも含まれる。
それを「望まないことにする」って・・・

言うのは簡単、宣言はできる。
でも・・・
「お金が与えてくれると信じている自分の望み通りものが入手できる生活も、私は望まないことにする」
って。
この部分はそういうことですよね。

その玩具を静かに見つめ、それらはむなしい欲望に合わせて踊るだけの偶像たちであることを理解しなさい。
彼らを崇拝してはならない。
彼らはそこに存在していないからである。
しかし、攻撃の中ではこのことも等しく忘れられる。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-30.IV.5:9より

忙しい時、私は自分が攻撃的になっていることを知る。
いろんなことを周囲の人のせいにして、
罪悪感を自分から遠くに引き離し、
自分が一番正しいかのようにふるまう。

この最後の部分にあるように「攻撃の中ではこのことも等しく忘れられる」のだ。
そんな状態の中から呼び戻してくれるのは、私の良心ともいえる聖霊しかいない。
彼らの存在がなければ、私はいつまでも攻撃的であり、神の国を思い出さないだろう。

今回も繁忙期の最後の最後ではあるけれども、
この地点に引き戻されたことに感謝します。

「望まないことにする」「崇拝しない」どちらも難しいけれども、
今はまだ「難しい」でいいのだと思い、自分を責めないようにする。

今日もおだやかな中で自分の心を見つめ続けることのできる一日でありますように。

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