奇跡講座のテキスト。第29章Ⅶ自分の外を探すのはやめなさい

雨

今日は「奇跡講座 テキスト編」より29-7 自分の外を探すのはやめなさい

好きなセクションだから、じゃないだろうけど、
ずいぶんとこのセクションでとどまっている。

朝、起きれず、読む時間はあっても、書く時間がない。
今日も強制的に「明日は倉田さん早く出勤してね!」と言われて、
ようやく起きれたようなもの。

今朝起きるときにも、かなり悪態をつき
「ほんとなら、こんな体調悪い日、会社休みたいくらい!!」
ものすごく反抗しながら起きた。

先々週末くらいに「1時間おきに聖霊を思い出すことをやろう!」と決めたけど、
実行できたのは、最初の2日間くらい・・・
3日坊主にも昇格できない状況でした。

今日、また思い出したので、やってみよう。
トライ&エラーじゃなくて、エラー&エラーだけれども、
そんな自分を責めずに続ける。

あなたは自分が正しいことと、幸福であることの、どちらを好むだろうか。
幸せがどこに宿っているかを教えられていることを喜び、それ以外の場所をこれ以上探すのはやめなさい。
さもなければ、あなたは失敗することになる。
しかし、あなたには真理を知り、自分の外に真理を探さずにいる力が与えられている。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-29.VII.1:9より

ことあるごとに自分に問いかけてきたフレーズ。
正しいコトと幸福なコト。
絶対両方は同じことだ、と、
正しいことを達成すれば幸福になるんだと思っていた。

それが違うということに、奇跡講座/コースに出会うまで気づかなかった。
それまでは、誰もが幸福になるから、正しいことを行うべき、と思っていたから、
かなり衝撃的だった。

今でも、正しいことを推進しようとする自分がいる。
だから今でも私は「あなたの意見は正しい、だけれども・・・」とよく言われる。
だけど、何だ?正しいことが全てにおいて優先されるべきじゃないか?と思う。

こんなこともすべて精霊におまかせしちゃえばいいのだ。
どうして自分で判断して、自分で責任とろうとするのだろう。
今までそれで間違いだらけだったのに。

自分で判断して、行動する、というのが習慣化しているからだ。
習慣となっていることを外すことの難しさを感じているけれども、
(朝、起きれないことも、朝起きないことが習慣だからだ)
これについてもまったく同じことなのだろう。

習慣は自分で選び、再構築ができる。
もちろん大変だけれども。
今、私が一番に習慣して身に付けなくてはならないのは、
聖霊のことを思い出す、ということ。

この世界の偶像のすべては、内なる真理をあなたに知らせずにおくために作り出された。
またそれは、完全で幸福であるためには自分の外にあるものを見つけなければならないという夢に対する忠誠を、維持するためでもあった。
平安を期待して偶像を崇拝しても無駄である。
神は内側に宿り、あなたの完成は神の中にある。
いかなる偶像も神に取って代わることはできない。
偶像に頼ってはならない。
あなた自身の外を探してはならない。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-29.VII.6:9より

改めてバシッと言われる。
お金も時間も空間も。
魅力的なモノも、魅力的な人も。
その反対の受け入れ難いモノも、受け入れ難い人も。
すべては偶像であり、それに対して関心を寄せることは無駄。

私たちが本当に求めているものは、私たちの内側にある。
だけど、そこに至るためには、直接内側のルートを進むことはできない。
まずは、偶像たちを「無駄なもの」ととらえることができるようにならないと。

私の兄弟よ、時間を省きなさい。
時間が何のためにあるのかを学びなさい。
そして、偶像がそこに見られることによって悲しく病んだものにされてしまった世界において、偶像の終焉を早めなさい。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-29.VII.9:3より

省きたい!
本当にこの面倒な世界に降り立たずにすむことができたら!
早くこの時間を「面倒なことが続くもの」と思うことなく、処理できるようになりますように。
今日も少しでも時間のカーペットを巻き取ることができますように。

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