奇跡講座のテキスト。第29章Ⅵ赦しと時間の終焉

新しい気分

今日は「奇跡講座 テキスト編」より29-6 赦しと時間の終焉

年末年始の特別モードがようやく終わって、
新しい行動を起こそう的な気持ちが持ち上がってきました。

こちら周辺では、108starの整理。
気にはなっているものの、手をつけることができなかったこと。
大量なので一気に整理することはできませんが、
少しずつ継続的に整理していこうと思います。

何ヶ月かかかると思います。
その間、表示がぐちゃぐちゃすることもあるかと思います。
最終的にはキレイな形に持っていく予定ですので
温かく見守ってくだされば幸いです。

あなたにはどれくらい兄弟を赦したいという気持ちがあるだろうか。
際限のない闘争と惨めさと苦痛の代わりに、どれほど平安を欲しているだろうか。
これらの質問は、形は違うがどちらも同じ質問である。
赦しがあなたの平安である。
なぜなら、ここに分離の終焉があり、危険や破壊、罪や死、狂気や殺害、悲観や喪失といった諸々の夢の終焉があるからである。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-29.VI.1:1より

どきっ。
相変わらず「私のせいじゃない!○○さんが悪い!」を発し続けている私には痛い言葉です。

テキストを読んで「そうです、そうです!赦します」と思っても、
実際には全く心の奥底には届いていないのだ。

1. 心の動きを見る
2. そぐわないものを修正する

いつまでたっても、1が満足にできず、
心は垂れ流し状態です。

瞑想みたいなものをして、心を捕まえる訓練した方がいいのかなぁ~
瞑想=睡眠タイム、みたいになってしまうので、
今はまったくしていないのですが。

私の今の状態は知識先行で、まったく実践が伴っていない。
ここで「やろう」とか宣言しても、
なし崩しにできていない。
世界に流されまくってる。
作ったのは私なのに。

昨日も「自分の習慣にないものを習慣化することの難しさ」について、
会社で話してみたけど、一事が万事そうなのだ。

今までと同じことは多少困難が伴うこともあるけれども、
ある程度は想定内で起こる。
もちろん「ある程度」を超えた部分から想定外の変化が訪れるけど、
それに対してはその時に対応するしかない。

だから、惰性で生きることもできる。
生きている気になっているけれども、
それは本当に自分では選択していない。

自分が選択していると思っている
過去の小さな選択によって作られている
惰性で出来上がった世界。

たまにこの部分に気づく。
ハッ!と思う。

だけど、流されるのは楽なのだ。
自主的にハンドルをきって変化するすることの方が難しいから、
「ま、いっか。何とかなる」と諦めて、元の世界に戻ってしまう。

些細なちっぽけなことで周囲の人を責めることをやめたい。
本当に。

私の決心が自分の深い部分にまで届きますように。
変化する部分ではなく、変化しない部分を見出していくことができますように。

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