奇跡講座のテキスト。第28章Ⅶ安全の箱舟

おおみそか

今日は「奇跡講座 テキスト編」より28-7 安全の箱舟

新しい年まであと1時間。
いろいろ予定通りに終了し、ぽっかり時間が空いた。
でも1時間たてば、必ず外出することに決まっているので、1時間以上はない。
つまり、奇跡講座/コースの1セクション終えるのにピッタリの時間。
(私にとっては)

あなたの家は、あなたの兄弟の健やかさと、幸福と、無罪性と、父が彼に約束した一切の上に建っている。
その代わりにあなたが交わした秘密の約束は、どれ一つとして彼の家の土台を揺るがしたことはない。
風に揺さぶられ、雨にたたきつけられても、びくともしない。
たとえ世界が押し流されようと、この家は永久に立ち続ける。
なぜなら、その強さはその中だけにあるのではないからである。
それは安全の箱舟であり、神の子は神ご自身の中で永遠に安全であるという神の約束に支えられている。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-28.VII.7:1より

たとえ世界が押し流されようと、この家は永久に立ち続ける。
なんて素晴らしい言葉だろう。
それならば、何も心配することない。
私の些細な心配はすべてこの世界のことなのだから。

もちろんそんなことは心配しなくてもいいことは分かってる。
分かってるけど、今は心配してしまうのだ。
何度も何度も自分に「無意味なこと」と言い聞かせても、今はまだ心の底から納得していない。

だけど、そんな世界の成り立ちに関わらず、
世界の不安定さに関わらず、
私の存在を置くべき家は私が安らかであれるよう、守られている。

嬉しい。
いくら感謝しても、足りないこと。

今月、自分の中で
「なぁんだ、別に私だけが頑張らなくてもいいんじゃん」
と思えるような出来事があった。
そう思えて、やっと「自分が!自分が!」というのを少しだけ手放せた。

うまく言えないけれども、
自分がいなくても夢はつむがれつづける。

奇跡講座/コースでは、私がいるから夢がある、という考え方なのだけど。
そこに達するちょっと手前。
いったん「私」というものが、影をひそめる感覚。

ここから先、うまく聖霊や神に近づければいいなぁ。
ぎゅーっと距離をつめてきているから、
また、ふっと遠ざかるような気もしないでもないけど。
それについても不安に思わない、恐怖を感じない。

来るものは来るし、なくなるものはなくなる。
私がどう思ったとしても、世界は勝手に動き続ける。

私にできるのは、それに対して、愛の側でいることを選択しつづけること。
行動ではない、思考の段階で。
誰に対しても見えなくてもいい、ただ、自分の中で選択しつづけること。

たとえ誰からもほめてもらえないとしても。
そんな私を見て聖霊は微笑み続ける。
それでいいのだ、と。

先日、雨の朝、出勤しながら、なんだかとても気分が良くて。
今までのすべて赦せる瞬間で。
自分が肉体からまたいったん離れる瞬間、同じ気分になれるといいな、と思った。

そして、そうなるんだろう、とも思った。
私は、まず、今の時点の自分に十分満足している。
よくここまで来た、とほめている。

穏やかな2014年の暮れに。
新しい年も心地よく毎日を過ごすことができますように。
過ごすことができるよう、日々、心の訓練を私が選び取れますように。
アーメン。

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