奇跡講座のテキスト。第27章Ⅷ夢の「主人公」

紅葉霞

今日は「奇跡講座 テキスト編」より27-8 夢の「主人公」

誕生日が17日だったのだけど、
そこから2~3日の間、めまぐるしくいろいろあり、
心情的に大変だった。

とは言っても、
自分が勝手にイヤだの、いいだの言ってるだけで、
世界はまったく変わっていない。

スピを盛んにやってた時の友達と連絡を取ったら、
私は奇跡講座/コースのみで、まったくその他のスピはやってないのだけど、
彼女は私が紹介したゲリー・ボーネル氏の世界に突入していて面白かった。

彼女と話していて、ゲリー氏のスクールなどにも通っているようなので、
「じゃあ今度アカシック見てよ!」と言ってみたけど、
自分にはまったく興味がないことも、口に出してみて分かった。

それではうそになってしまうけど、
彼女は「紹介はできるけど、私は見ないよ~」と言ってくれた。
こちらの空気を汲み取ってくれたのかもしれない。

これは余談。
だけど、ゲリー氏の考え方が私の土台にあったからこそ、
奇跡講座/コースにたどり着いたのだと思う。

「葛藤をなくすことが課題」ということや、
「私たちにできるのは物事に対する反応を選ぶことだけ」ということ。
もしかしたら今は違う考え方を話しているのかもしれないけれども、
私がゲリー氏に傾倒している頃はそうだった。

全然起こったことに触れてないけど、
聖霊に書くことは任せているので、
もしかしたら今日は出てこないのかもしれないなぁ。

この世界の夢想は多くの形をとるが、その理由は、肉体は自分が自律的であり実在していることを、いろいなやり方で証明しようとするからである。
それは、その世界の宣言するところによれば価値があり実在するものとされる小さな円形の金属や紙切れにより買い求めたものを、自分の身につける。
肉体は、そうしたものを得るために仕事をし、無意味なことを行い、そうして手に入れたものをまた自らが必要としてもいなければほしくもない無意味なもののために投げ捨てる。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-27.VIII.2:1より

この部分の引用をゲイリー・レナード氏の本で読んだとき、
かなり衝撃的だった。
もう一箇所、どくろに口紅をつけて、かわいい服を着せて~みたいな部分と共に。

今でも日常生活の中でふと思い出して、
「そうだよなぁ~こんな無意味なことに時間を費やすなんて」
と思うこともある。

だけど、そうやって奇跡講座/コースの考え方を
納得して適用しているハズなのに、
ある日まとめて自我の反動がドンっ!と来る。

この繰り返しをしているのだけど、
単なる繰り返しでなくて、
少し間隔が長くなっていたり、
爆発の大きさが抑えられたりしているといいのだけど。
心の訓練ってこういうカンジなのかなぁ~

その自我の反動に今週は飲み込まれてしまい
「絶対に赦せないし!
だって私は何も悪くないし、理由はすべて相手にあるんだもん!」
ということで、週の半分くらい費やした。

結局は現実的にその相手と話し合いを行い、
お互い非を認める部分は認めて、
なんとなく仲直りした。

自分の誕生日にそんなことが勃発したので、
自分のことながら悲しかった。
自分の成長度合いが悲惨で進歩的じゃないと思ったから。

でも、だからといって、自我の主張を取り下げることはできなかった。
そのことについても残念に思った。

彼らをありのままに見た瞬間に、夢の中の人影は、もはや彼に対して結果をもたらさなくなる。
なぜなら彼は、自分が原因となって彼らを実在するかに見せることによって、彼らにそうした結果を与えたということを、理解するからである。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-27.VIII.4:5より

これは、良いことばかりが起こるようになるのではなく、
自分の心が変化して、
今と同じことが起こっても、心が動揺しなくなるということ。

あくまでも大切なのは自分の心の変化。
相手の心や行動の変化は関係ない。

まとまりがないような気もするけれど、
こんなカンジで今日も一日過ごしてみよう。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク