奇跡講座のテキスト。第26章Ⅳ罪が消え去った場所

秋のバラ

今日は「奇跡講座 テキスト編」より26-4 罪が消え去った場所

社員旅行があって、先週はまったくのんびりできず更新もストップ。
そういう慌しい時ほど奇跡講座/コースの考え方が役立つと思うけど、
思っていてもまったく近寄れなかったり・・・
まだまだ崩さないといけない自我の山がでっかいからなんだろう。

ネットで見知らぬ人から一方的に声かけられて、
どう反応したらよいのか、反応しないほうがよいのか、
迷ってようやく「聖霊に聞けばいいじゃん!」と思い出し、相談。
結局、現実的には何もせずに、心の中で祈るに留めることに。

ある主張に対しては超ネガティブ反応を繰り返していて、
反応先をスケープゴートにしているのが分かるけど、
私には何も手出しできない。
私も日々のあれこれ、同じ反応を繰り返しているし。

かなりなレベルの人でない限り、自分以外のせいにしたがるのは仕方ない。
自分のことを振り返って、よくもあんな知ったかぶりができたものだ!と恥ずかしくなる。
今でもその傾向は強いから100%改善はされてない。
でも、頻度は減った、と思いたい。

罪のない者たちの間には互いを押しのけるものが存在しないので、彼らは必ず自分たちがひとつのものだと知覚することになる。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-26.IV.2:5より

違いがない、ということが分かれば、違いを尊重する必要もない。
違いがあるように見たい私だけが、違いを見い出す。
自分しかいないので、何が起こっても、何されてもいいハズなんだけど、
まだまだその域に達することができない。

一気にそれにたどり着くことができないので、
日々の中で少しずつ(できれば忙しいときも!)
正面から見据えて消化していきたい。

私はやすんだり回り道しすぎ!と思うけど、
自分に期待が大きいだけで、最短ルートを進む素地がないのかも。
残念ながら回り道を通るのが、私の最短ルートなのかもしれないなぁ。(とほ)

相手を押しのける必要がない。
無意識の部分までそういう認識にしていくのは時間がかかりそう。
まずは顕在意識の部分だけでも、こういう認識にしたいなぁ。
ゴールは遠い・・・

私たちがこちらの世界のあれこれに心とらわれるときも、
そっと引き戻す力が強くなりますように。(切実)

今日もコレ書きたくないとか、ほんとはあれがしたいのに!とか大変でしたが、
何とか少しだけ書くことができました。
同時に少しだけこちらの考え方に戻すことができました。

何のためにここを書いてるのかといえば、完全に自分のためですね(笑)
こういうツールを与えられていることに感謝します。

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