奇跡講座のテキスト。第26章Ⅲ境界地帯

ひかり輝く

今日は「奇跡講座 テキスト編」より26-3 境界地帯

仕事の多さと求められているものを考えるとうんざりする。
こなしてもこなしても新たな仕事が出てくるし、
気持ちも金銭的にも一向に楽にならない。

もちろん、私のこういう経験は、仕事だけではなく、
日常のありとあらゆることについても変わらない。
楽しい時間は有限で、儚い。

こういう気分になっているとき、
(たぶん、気持ちが一番底についているとき)
すべてを捨ててしまいたくなる。

この気持ちはおかしい。
奇跡講座/コースで言う天国にたどり着いたとき、こんな気持ちはしないハズ。
だから、今はここで少しずつ前に進んでいるのだと考える。

そのために死なない。
いつでも死んでいいと思っているけど、今、死なないのはこういう理由だろう。

何のために生きているのか。
神の国に到達するために生きる。
すごく明確で単純だ。
それ以外の理由は私にはない。

いかなるものも一体性と葛藤することはない。
それならば、どうして神の中に複雑さがあり得るだろう。
決断すべき何があるだろう。
というのも、選択を可能にするのは葛藤だからである。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-26.III.1:4より

すべてのものに一体性を感じられたら、どれほど楽だろう。
だけど、これも思考の改造が必要で、訪れるのを待ってても来ないのでは?
違うと感じる気持ち、分離を感じる気持ちを赦すことで変更していかなくては、
自分の中に一体性が生まれることはないのではないか?

自分を受け入れてもらえないことが多いので、
その理由のために、いつも周囲の人を自分と違う存在だとしてきた。
違いすぎるから受け入れられない、と。

でも、受け入れてもらえない、ということがそもそも間違いで、
私は誰からも離れていないのだし、
もちろん離れる必要もなく、離れることもできないのだ。

五感というものは、相手との距離を把握するためにあるようなもので、
これに頼る生活はやっかいだなぁ、と思う。

これはあなたの特別な機能に似てはいないだろうか。
そこでは、かつての特別性が現実の融合となったものの中において、目的が変化することによって分離が取り消されている。
すべての幻想はひとつのものに他ならない。
そうであると認識することの中に、幻想間で選択をしてそれらを異なるものにしようとする試みのすべてを放棄する能力が内在する。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-26.III.7:1より

分離の取り消し。
幻想からの離脱。

きっと今日は小休止の日。
道を歩き続ける英気を養う日なのだと思う。

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