奇跡講座のテキスト。第25章Ⅵ特別な機能

夏のなごり

今日は「奇跡講座 テキスト編」より25-6 特別な機能

自分の心の動きをできるだけ捕まえるようにしていますが、
その恐ろしいことって言ったら!!

心を捕らえること=自分の現状を知ること、なのですが、
表面上はそんな風に見えないのだけど、
どれだけダークサイドに落ちいてるのか?!とあきれ返ります。

自己嫌悪におちいる、という時点は通過しました。
いくら自己嫌悪におちても、それで事態が改善するワケではないので、
ただ前向きに「仕方ないけど、少しでも良くなるようにしよう」と思うだけです。

私は、何が起こっても、まず周囲の人を批判しています。
「そんなに批判して、周りの人は罪人だらけで何が楽しいの?」と思いますが、
罪人に仕立て上げることで、私だけが聖人になりたいのです。

奇跡講座/コースを学んで、
心の仕組みについて知ることができてよかったなぁ、と思います。
学びはゆるやかにマイペースで行われます。

私が未だに自分の心をコントロールできておらず、ダークサイドであることが、
もし今ではなく、もっと前に分かってしまったとしたら、
私は奇跡講座/コース、スピリチュアルすべてを放り出していたと思います。

私は誰よりも、自分がクリアな心を持っていると思っていたから!
ほんと、今、そう思っていた頃の自分の気持ちを取り出してみると、
「よくも、まぁ!!」と赤面してしまうのですが・・・

神の恩寵は赦しのまなざしの上に優しくとどまり、その目が見る一切は、見ているその人に神を語る。
彼にはいかなる悪も見えず、世界の中に恐れるべきものや、彼自身と異なる者を見ることはない。
そして、彼はそれらを愛し、同じように自分自身に愛と優しさのまなざしを向ける。
彼は他者を断罪しないだけでなく、自分の間違いについて自分自身を咎めることもしない。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-25.VI.1:1より

こんな風になりたいなぁ。
周囲の人に対して愛をもって接することができる、と同時に、
自分の間違いも咎めず、愛をもって成長を見守ることができるように。

これだけ自分が攻撃を仕掛けているということは、
世界が自分にとって恐ろしいものだと、まだまだ思っている証拠。
何も恐れていないのならば、自衛をする必要もない。

常識にとらわれるのではなく、
神や聖霊を軸に日々考えることができますように。
いつも自分に対して、一番大切なものは何か、問いかけ続けることができますように。

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