奇跡講座のテキスト。第24章Ⅵ恐れからの救済

朝顔

今日は「奇跡講座 テキスト編」より24-6 恐れからの救済

相変わらず「特別性」にとらわれ続けています。
チラりと横切る自分の感情をチェックしてみると、
その殆どが特別性に着目していることが分かります。

「これだけ長く奇跡講座/コースをやってきて、まだこんなもん?」
と、少し落ち込みますが、落ち込んだことによってヤル気がでる!というものでもないので、
ゆるやかに「そうなんだな」と認識して、先に進むよう努めたいとおもいます。

兄弟を見つめ、彼の中で、この世界を支配しているかに見える法則が完全に逆転されるのを見なさい。
彼の自由の中にあなたの自由を見なさい。
なぜなら、自由とはそうしたものだからである。
彼の特別性に、彼の中にある真理を覆い隠させてはならない。
なぜなら、あなたが彼を一つでも死の法則に縛りつけるなら、あなたもその法則を免れないからである。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-24.VI.5:1より

「永遠」と共に私が弱い言葉「自由」。
自由になりたければ、相手の中に自由を見出さなければならない。
私だけが自由になれる、ということは絶対にない。

選択肢を沢山目の前に置くことができ、
その中で自分の進みたい方向を選択できる、
というのが、自由だと思っていたので、
選択肢を増やすために、自分の特別性を磨いてきた。

奇跡講座/コースに出会わなければ、
私は一生かけて、そのゴールを力いっぱい目指していたと思う。

兄弟に死の法則や特別性の法則を当てはめるならば、
私自身がその法則にとらわれる。
それは、私がその法則をフォーカスして、現実化するということ。

自分の力がもっと強大だったら!と思っていたけれども、
よく考えてみると、使い方次第で虚無を現実化してしまうなんて!

気づいてしまったから、分かってしまったから、
この力はコントロールしないとマズいことになる、と強く思う。
少しでもいい、光の見える方向に這い上がらなくては。

それならば、彼の肉体か彼の聖性か、どちらを見たいのか選択しなさい。
そしてあなたが選ぶものをあなたは見ることになる。
だが、真理があなたの決断となるまで、あなたは無数の状況において、また果てしなく続くかに見える時間の中で、選び続けることになる。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-24.VI.7:1より

やっぱりずっと選択し続けるんだなぁ。
スピリチュアル系で最初にハマっていたゲリー・ボーネル氏もそう言ってた。
私たちにできるのは選択だけだと。

状況を変えるためではなく、
選択するという部分にフォーカスを当てることが大切なので、
意識をそこからはずさないようにする。

私が自ら何も作り出さなくても、
次々と選択することを困難にさせてくれる家族には感謝してもしきれない。
今は心が穏やかだから、こういう風に感謝できるのだけど、
その選択の窮地に立たされているときは「なんでこの人は毎回毎回・・・!!」と思う(笑)

そういうときには、その瞬間に選択せずに、
少し自分の心を落ち着けてからもう一度向き合って選択するようにしている。
たとえば、夜に起こったことなら、寝て、翌朝起きてからもう一度考える。

眠る時にはかなりな確率でイライラしているのだけど、
眠っている時間を聖霊に有効活用して下さるように預けて、翌朝起きる。
そうすると、大体の場合は
「何をあんなにイライラしていたんだろう。真理はこれなのに!」
と、正しい選択ができるようになる。

後は、何かが起こった瞬間の自己コントロール。
売り言葉に買い言葉はしない!
言いたくなる、その瞬間は言えばスッキリするだろう。
だけど、後になって道から外れてしまったことに後悔する、その瞬間のやり直しはできない。

相手が私を苛立たせるように、ひっかけてきているのでは?
と思ってしまうくらい、こちらが簡単に苛立つことを言われることもある。
その瞬間に真理を思い出せば、選択を引き伸ばすことができる。
その場では正しい選択をできなくても、誤った選択をしないというのが私の現段階だから。

しかしあなたはほんのわずかな意欲も、神への会釈も、自分の中のキリストへの挨拶も、気の滅入るほど退屈で、背負いきれない重荷であると受けとめている。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-24.VI.12:4より

ほんと、まさにそう!(笑)
私が今日、このブログを書くためにどれだけ回り道をしているか。
このセクションをしっかりと読みきるのに、何度同じ行を眺めたか。

退屈で魅力的ではない、と思ってしまい、もっとドキドキすることがしたい!と。
でも、考えてみれば、ドキドキする刺激って、心の平安からは程遠いですよね・・・
だから、私はまだまだ表面的には刺激を求めているのでしょう。
心のチラチラと見える真理からは、平安を求める気持ちが発されていても。

自分の気持ちがあまりにもダークで、攻撃的で、目を覆いたくなりますが、
これをしっかり見て、変換していかなければ、天国にはたどり着かない。
今日も心に刻み付けて、前に進むようにしましょう♪

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