奇跡講座のテキスト。第24章特別性のゴール 序

夏っぽい

今日は「奇跡講座 テキスト編」より24-序 特別性のゴール

一昨日、うまく瞑想できたことに気を良くして、
昨晩も「寝る前に5分だけ瞑想しよっと♪」と思い、実践。

気が付いたら寝ていて、タイマーに起こされました・・・
寝る直前は無理なのかなぁ~
とはいえ、以前、朝やっていた時も、かなりの頻度で眠りこけたことを思い出しました。

今日から24章です。
「Ⅰ愛の代替としての特別性」まで読もうかと思いましたが、
ぺらぺら・・・区切りまでのページが長いな、やめよう(汗)
ということで、序部分のみについてです。

このコースを学ぶ動機となるものは平安の達成と維持であることを、忘れてはならない。
この状態にあるとき、心は静まっており、神が想起されるための条件は満たされている。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-24.序.1:1より

平安の達成と維持を目標とする人だけが奇跡講座/コースを学ぶんだなぁ。
再び自分のゴールを認識したというか、やっぱりそうなのね、と思いました。

前にも書かれているのですが、正当性ではなく、自分の心に平安が訪れることが目標。
自分にとって、誤りが目の前で展開されていても、心は平穏に。
もちろん、行動としての対処は必要かもしれませんが。

「あなた間違ってるよ!」と指摘してもいいけど、
その時に私の心が荒れていたら、攻撃心にあふれていたら、
それは教えに背いていることになる。

このコースを学ぶには、あなたが抱いている価値観のすべてを疑ってみようとする意欲が必要である。
一つでも隠されて曖昧にしておかれるなら、それはあなたの学びを危うくするだろう。
中庸な信念というものはない。
どの信念にも、あなたが下す決断の一つひとつを指図する力がある。
なぜなら、決断とは、あなたが信じている一切に基づいて下される結論だからである。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-24.序.2:1より

ひとつ残らず、自分の思いを検分する。
そうすることによって、私の様々な価値観が自分で分かる。
愛という法則に基づいているものなのか?
中庸な信念という位置はなく、必ず、愛か攻撃かの信念に基づいているはず。

そして、すべての被造物が神の心の中で神が知るもののゆえに生気したのと同じくらい確実に、あなたの決断も、あなたの信念から生じている。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-24.序.2:10より

ここで私の心の声が「そうなんだけどね、ブツブツ・・・」と独り言モードに。
すべて信念から決断が下されており、自動的に下されているわけではない、
ということに反抗したいみたい。
とは言っても、反論の余地まったくない言葉なんですけど。

明日はさらに特別性について。
本当に身近な人って、特別性についての学びのために存在している。
私は家族がいつもみっちりいてくれるので、それを通して様々な学びを得ている。
本当にいてくれてよかった!と思う。

もちろん、キツい時は沢山あって、どうしてー?(私だけ?私ばかり?)とも思うけど。
そういうことを経験しなければ、その向こう、それを超えた高みには到達できない。
感謝するばかりです。
いつもありがとうございます。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク