奇跡講座のテキスト。第23章Ⅲ妥協のない救済

花火

今日は「奇跡講座 テキスト編」より23-3 妥協のない救済

自分が以前よりも悟りに近づいているかどうか、
それを確かめたいのであれば、自分の心の状態を見れば分かる。
以前よりも、愛にあふれているか、平穏が自分の心に流れているのか。

・・・ということを、ゲイリー氏の本で読んだ気がする。
周囲にどんなことが起こっていようとも、
自分の心の状態だけがバロメータになる。

身近な人であればあるほど、
私は相手に期待したり、コントロールしようとするようだ。
そして自分の思い通りに進まない場合は、苛立ったり、相手を攻撃する。

今日のセクションは私の好きな部分の一つ。
不死というあなたの現実の「4 死体なき殺人」で取り上げられており、
奇跡講座 テキスト編で原文を読むことを心待ちにしていた部分。

パーサ:まず、彼女は別の夢のなかであなたを殺したことがあるんです。
だから、物事は必ずしも見かけほど単純じゃないのよ。
もっと重要なのは、あなたがたがお互いにしたことではなく、お互いをどう考えるかが大事だってこと。
あなたの行為のように見えるものは、あなたの考えの結果でしかない。
行為は夢のなかで起こっているのだから、「コース」はそこには重点を置いていません。
わたしたちが重点を置いているのは夢の原因であり、それの解体です。
そして、Jも教えているように、現実のなかには程度も側面も間隔もないなら、レベルが存在するのは分離という夢のなかだけであり、したがってあなたにできることはほんとうは二つしかない。
赦しの思考はすべて愛であり、赦さないという思考はすべて殺人です。
死体があろうがなかろうが、問題ではないわ。
地上では毎日、死体なき殺人が山ほど起こっている・・・
人々はお互いに赦しではない思考を向け合っているの。
Jはきっぱりと言っているでしょう。
–愛ではないものは殺人である。愛することではない行為は攻撃である。
不死というあなたの現実より

なぜ私が苛立ってしまうのか。
それは、私が損をすることによって、相手が得をしているように見えるから。
有限なパイの部分を取り合っていて、彼が私から少しずつ奪っているように見えるから。

それについて考え始めると、この今生だけでは行き詰ってしまう。
終わりなく奪われているだけのように感じてしまうから。

かと言って、過去生も未来生も実感として持つことができないのだから、
いくら「前世では私が加害者だったんだし。」と思っても納得できない。

「世界はない。」

それに尽きる。
世界はないのに、どうしてこの面倒な世界を味わうことになっているのか?
それは、この地点からしか、私たちの思考によって世界を解体できないから。

だー、もぅ、面倒!
誰か代わりにやってくれんかな。
100匹目の猿だっけ、ある思考の人が臨界点に達すると
他の人も自然にその恩恵にあずかれるっていうヤツで、
みんなが頑張って臨界点に達して、そのおこぼれで自然と持ち上げられないかな。

どうして私が実践しなくちゃイケナイのか。
この状況で相手を攻撃しまくることができたら、
表層心理的にはスッキリすることができると思うのに!
深層心理が罪悪感を持ったって問題ない!
私には深層心理なんか見えないんだから。

でも、私は「自分がやる」と決めたんだろう。
これが今生で一番重要なことで、他のことよりも優先して取り組むと。

そうでなければ、奇跡講座/コースに出会うハズがない。
アーテンとパーサによれば、ずいぶんと未来に時代が進んでも、
奇跡講座/コースの考え方は主流にはなっていないらしい。

私の性格上(今生のみか、いつも持っているものかは分からないけど)
人よりも早めに飛びつかなければ、ヤル気がなくなるらしい。
だから、今、奇跡講座/コースに身を投じることができているのだろう。
多くの人が実践しているのであれば、私は他の道を探しているかもしれない。
結局は、すべて自ら選択するように設定している、としか思えない。

妥協という考えを入りこませるだけで、救済は認識されなくなるので、救済の目的についての自覚は失われてしまう。
妥協が受け入れられたところでは、救済が否定される。
なぜなら、妥協とは、救済が不可能だという信念だからである。
それは、あなたが少し攻撃し、少し愛しながら、攻撃と愛の違いを知ることができると主張する。
したがってそれは、同じものの中の少しの部分が違うものとなることができ、しかもその同じものは損なわれずにひとつのものとして存続するとおしえていることになる。
中央アート出版社)奇跡講座 テキスト編T-23.III.3:5より

ある人の「この部分は受け入れられるけど、この部分はどうも好きになれない」。
それでは救済が訪れることはできない。
まさに私はこの状態にある。

自分の心しかコントロールできるものはないのに、
どうしてその心をコントロールできないのだろうか。
苦しいし、悔しい。
でも諦めない。

今日も支えてくれる聖霊がいる。
そして共に歩んでくれる兄弟がいる。
私のレベルアップに協力しようとしてくれる兄弟もいる。

一瞬でも早く、心を常時平穏の位置に置くことができるよう、
今日も一緒にこの世界を見つめていきましょう。

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