奇跡講座のテキスト。第21章Ⅵ理性 対 狂気

夏到来

今日は「奇跡講座 テキスト編」より21-6理性 対 狂気

すっかり休みの日と、平日1回更新が習慣化していますが、
今朝起きれたことは、明日からの励みになる、かも!?(笑)
とはいえ、暑くて目が覚め、二度寝ができなかっただけですが・・・

やはり奇跡講座のブログをこうして書いていないと、
しっかり読むということが抜け落ち、
実践もおろそかになってしまいます。

昨晩、私はとてもイライラしていました。
自分の仕事が殆どできず、周囲の人の手伝いにあけくれ、
それにエネルギーを奪われ、残業する気も起こらず帰宅。
「いったい今日は何だったんだ?」
と、自分の仕事の進んでいない状況に怒りを覚えていました。

帰りの電車の中で、今日のセクションを読んでいて
(月曜から同じセクションばかり眺めてます!)
まさに、書かれている状態に陥っている!と思いました。

罪は、あなたと兄弟は分離していると主張する。
しかし理性はあなたに、それは間違っていると告げる。
あなたと兄弟がつながっているのなら、どうしてあなたが私的な想念をもてるだろうか。
そして、あなただけに属するかに見えているものの中に入ってくる想念が、どうして、あなたのものであるものに対しまったく影響をおよぼさずにいられるだろう。
心がつながっているのなら、それは不可能である。
奇跡講座 テキスト編T-21.VI.2より

私は相手のことを肉体と考え、
その人に罪がある、私はその人ではない、
と思うようになっていましたが、それは間違っている。

あなたが彼に教えることができるのは、彼はあなたが望んでいる通りの存在だということだけであり、あなたが彼をいかなる存在とするかの選択は、あなた自身をいかなるものとするかの選択である。
だが、これが恐ろしいことだと思ってはならない。
あなたが彼とつながっているということは事実であって、解釈ではない。
奇跡講座 テキスト編T-21.VI.6より

以前はこの部分について、全く受け入れられませんでした。
何度読んでも「絶対に彼は私の望んでいる存在ではない!」と真っ向から否定していました。
「だって望んでいる存在ならば、こんな状況であるはずがない!こんな仕打ちをされるはずがない!」と。

今は、ずいぶんと受け入れられるようになりました。
いや、まだ、受け入れてはないかもしれないけれど、
否定はしなくなりました。

大きな体験があれば、もっとズン!と変化が訪れるのでしょうけど、
日々の小さな訓練では、少しずつ変化していきますし、
それでいいと思います。
ただ、続けることを怠らなければ。

今日は、奇跡講座 マニュアル編を受け取りに行きたいな!
それで早く帰れるように、今日は聖霊が起こしてくれたのかもしれません。

今日も一日、罪悪感を持つことなく、この道を選び続けることができますように。
聖霊と共に私たちが歩むことができますように。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
スポンサーリンク