奇跡講座のテキスト。第18章Ⅸ二つの世界

春到来。

今日は「奇跡講座 テキスト編」より18-9二つの世界

したがって、聖霊が必要としているのは、あなた自身の微小な一部、切り離され分離しているように見える小さな想念である。
それ以外の部分は完全に神のもとにあり、導きを必要としない。
だが、この取りとめのない妄想的な想念のほうは、助けを必要としている。
なぜなら、その妄想の中で、それは自分こそが神の子であると考え、全一にして全能であり、自ら確保した王国を狂気の暴政により服従させ隷属させる独裁者だと考えているからである。
これが、あなたが天国から盗み取ったと思っている小さなひとかけらである。
それを天国に返しなさい。
奇跡講座 テキスト編T-18.IX.2より

聖霊の正しい視点から見ると、この想念はとても微小な一部に見えるのだろう。
しかし、私にとっては、神と共に大部分があるという感覚はなく、
この微小と定義されている部分が自分の殆どであるように思える。

「天国に返しなさい」と言われることについて、
確かにそうだな、と思うし、返したい、とも思うけど、
私にとって99%のように見えるから、返したくない、返せない、と思うのだ。

それは違うよって、言われ続けなくちゃ難しいだろうし、
同時にそうだろうな、と思うなら、積極的にそうであると思い続けないと、
それを実感させてくれる体験もやってこないだろう。

狂気によって作り出された肉体の世界からは、それを作り出した心へと、狂気のメッセージが返されるように見える。
そしてこれらのメッセージはこの世界の証人となり、この世界は真実のものだと宣言する。
あなたがそうした情報をもち帰るようにと、これらの使者を送り出したからである。
これらのメッセージがあなたに伝えることはすべて、きわめて外面的なことである。
その奥に横たわるものについて語るメッセージは一つもない。
それを語り得るのは、肉体ではないからである。
肉体の眼はそれを知覚しない。
その感覚はそれに気づかないままである。
奇跡講座 テキスト編T-18.IX.3より

今、体の一部に筋肉痛があり、呼吸するたびに痛みを覚えます。
この痛みがいちいち私に「苦しくつらい現実」を植え付けているように感じます。
こういうのを肉体を間違った方向に使っている、と言えるのではないでしょうか。

こういう時こそ、聖霊に引き渡してみればいいのかな。
他の不調も相まって、まったく集中できず、
やらなくちゃイケナイと自分が思い込んでいるものがどんどんたまっていく状態。

自分の都合のいい時だけお願いするのね!と精霊に言われそうですが、
それは私が想像するエゴ付きの存在であって、
実際には聖霊はちっともそんなことは思っていない。
ただ、お願いされた、ということだけを愛をもって受け止めてくれる。

厳しい状況の時こそ、赦しの機会に変えて有効に使えると思うので、
聖霊に今日の時間の使い方は、すべておまかせしようと思います。

だが、もしあなたに、恐怖のごとく見えるものを通り抜けて聖霊に着いていく意欲と、聖霊は決して自分を見捨ててそこに置き去りにはしないという信頼があれば、神はあなたをそこへ連れていくことができる。
なぜなら、あなたを怯えさせることは聖霊の目的とするところではなく、ただあなただけが目的としていることだからである。
あなたは恐れの外縁で聖霊を見捨ててしまいたいという誘惑に負けそうになるが、聖霊はそこをはるかに越えて、あなたを安全に導こうとしている。
奇跡講座 テキスト編T-18.IX.3より

今日はこの部分を手帳に書き留めて、仕事に移ろうと思います。
ただ精霊を信頼して、着いていく意欲を失わない。
私に今日、与えられているのはこのレッスンのみ、みたいです。

聖霊と共に歩むことを、私たちが恐れずに行えますように。
聖霊の忍耐強さのうちの、ほんの少しでも、私たちが自分の中に取り込むことができますように。

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