奇跡講座のテキスト。第17章Ⅲ過去からの影

流氷

今日は「奇跡講座 テキスト編」より17-3過去からの影

求められているのは意欲だけ。
ほんとうにそうだなぁ~、と実感する。

昨日は、仕事前にこのブログを書けば!と思ったけど、気が焦ってしまい仕事を開始。
仕事している間は「仕事が終わったら、時間取ってやればいいや」なんて思っていたけれど、
結局、終電まで仕事になり、更新できず。

聖霊の側から見れば、この世界のどうでもいいルールに縛られているように見えるのだろう。
彼らには何の意味もないことを、積み重ねているだけ。
それがわかっていてもやめられない。
今までの自分の習慣や、自分の中に作り上げてきた常識を覆すのは、こんなにも難しい。

だけど、それでも私は挑んでいる。
どうしてだろう。

「そこに真理があるから」

言ってしまえばそうなのだろうけど、
私のベールのかかった視界では、真理ははっきりと見えないのだ。

それでも目指す理由とは?

良く分からない。
自分でありながら、毎度不思議だ。

今日も気持ちが落ち着かない。
あれをしよう、これもしたい。
ざわざわする。

だけど、なんとか自分をこちらの方向に引っ張ってくる。
意欲さえあれば、何とか続けられる。
今の私には、続けることで精一杯なので、それだけでもいいやと思う。

赦すということは、過去に自分が与えた愛ある想念や、自分に与えられた愛ある想念のみを思い出すことに他ならない。
その他のすべては忘れるべきものである。
奇跡講座 テキスト編T-17.III.1より

このセンテンスを読むと、私の中はガラクタだらけだと思えてくる。
不要だと思っても、ためこんでしまう。
そして、誰かがこれを片付けてくれればスッキリするのに!とすら思う(笑)

どう考えても、自分の中を片付けられるのは自分だけ。
物のお片づけよりも、明白な事実。

自分の中が愛ある想念だけになったら!
自分の周りには光り輝く存在しか見えなくなるのは当然じゃないか!

だけど、些細なことでひっかかる。
ひっかかってしまうのは仕方がない。
そのひっかかる点を聖霊と共に利用してみる。
そうすることでしか、自分の中のつまづく石を見つけることはできない。

残念だけど、ひっかかり続けるのは、わけがあり、
それが完全に取り除かれるまでは、私はひっかかりつづける。

非神聖な関係が「理想」とするのは、相手の実相が入り込んできて夢を「台無しにする」ことがないような関係である。
そして相手がその関係に真に持ち込むものが少なければ少ないほど、「より良い」関係となる。
こうして、融合の試みが、融合を共に達成しようとした相手さえも除外する方法となってしまう。
というのも、もともとそうした関係は、その相手をそこから追い出し、不断の「至福」の中でさまざまな空想とつながるために形成されたものだからである。
奇跡講座 テキスト編T-17.III.4より

自分の中で相手の虚像を作り出し、そこでつながろうとする。
妄想の世界での生活。
私はまだ誰の真の姿も見ていない。
だけど、ただひたすらに「見たい」と思う。

誰のことも除外しない。
1人の例外を作ることを認めてしまったら、私は例外だらけにしてしまうだろう。

心の動きを正していくのは、
とても地道で、
誰にも評価されることなく、
いつまでたっても終わりがくるように見えない作業。

だけど、私はここからしか真理にアプローチできない。
本当に何度も何度も「もっと楽で、華やかな方法があればいいのに!」と思う。
それがきっと自我が持ち込んでくる代替案なのだろうけど。

学びが思うように進まないことを、うだうだ考えても仕方がないな。
聖霊は今ある状況をうまく使ってくれる。
自分がそれをレッスンとして受け取れるかどうか、だけなのだろう。

聖霊が分離の中に知覚するのは、ただそれが取り消されなければならないということだけである。
あなたが関わる関係の中では隠れたものとなっている美しき閃光から、覆いを取り去ってもらい、その輝きを見せてもらいなさい。
その麗しさにすっかり魅了されて、あなたは二度と再びそれを見失いたいとは思わなくなるだろう。
奇跡講座 テキスト編T-17.III.6より

聖霊ってすごいなぁ。
本当に真理しか見えてないんだ。
そのほかのものを見なくてすむように、今日も導いてほしい。
彼らの視覚をわけてもらいたい。

兄弟たちは、彼らを通してあなたが自分自身を傷つけることができるようにと創造されたわけではない。
彼らはあなたと共に創造するために創造されたのである。
これが、あなたの狂気のゴールとあなた自身の間に、私が差し挟もうとしている真理である。
奇跡講座 テキスト編T-17.III.10より

私を傷つけるために兄弟が創造されたのではない。
何度も何度も自分に語りかけたい言葉。

今日も私たちが聖霊サイドからモノゴトを見ることができますように。
聖霊の視覚を少しでもいいから共有してもらうことができますように。

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