奇跡講座のテキスト。第16章Ⅳ愛の幻想と愛の実相

あたたかな光。

今日は「奇跡講座 テキスト編」より16-4愛の幻想と愛の実相

更新がしばらく途絶えてしまいました。
自宅PCを買い換えて、週末から移行作業中です。
ほぼ完了したのですが、仕事やプライベートの法的手続きにも時間を取られている関係で
今週中は更新が不定期になりそうです。

数は少なくても、日課のように読んで下さる方がいらっしゃるかもと思い、
(人の日記って、読むの楽しくありませんか?私はスキなんです。)
お知らせしておきます。

今になって、嫌がってはならない。
あなたはあまりにも近くまで来ている。
あなたはまったく安全にあの橋を渡り、戦いから平和へと静かに移行するだろう。
愛の幻想は決して満足をもたらさないが、橋の向こう側であなたを待っている愛の実相は、あなたに一切を与えてくれるからである。
奇跡講座 テキスト編T-16.IV.2より

今になって、嫌がってはならない。
私はまだまだ抵抗している部分があるので「ちょっとくらい遅れても大したことない」
と、奇跡講座/コースにおける足踏み状態のことをとらえていました。

道を外れてはならない、ということを表現しているのかもしれませんが、
途中で立ち止まったり、回り道をしていることも、
実は「嫌がっている」ことなのでは?、と今日、気づきました。

この文章が私の目に飛び込んでくるということは、
自分が嫌がっていることを、心のどこかでは認識していながらも、
できれば「例外」として扱い、
嫌がっていないように、順調に進んでいるように見たい自我が存在し、
その策略にはハマらないように、という聖霊のささやきであるかもしれません。

表面の分かりやすい部分では、人を赦すことができるようになりましたが、
自分が気づいていない(気づかないようにしている)部分にも、
次なる段階として、気を配り始める必要があるのでしょうね。
気を配り始めることで、それはようやく見えてきて、明らかになるのだと思います。

あなたの為すべきことは、愛を探し求めることではない、ただ自分自身の中に築き上げてきた愛を阻む障壁のすべてを探して、見つけ出すことだけである。
真実を探し出す必要はないが、虚偽を探し出すことは確実に必要である。
幻想とは、それがいかなる形をとるにせよ、どれもみな恐れの幻想である。
そして一つの幻想から別の幻想へ逃れようとする試みは必ず失敗する。
自分の外に愛を探し求めるなら、あなたは自分の内に憎悪を知覚しており、それを恐れていると確信してよい。
奇跡講座 テキスト編T-16.IV.6より

自分の外に愛を探す行為は、真理から離れていく行為。
私はよく、「●●さんが●●してくれない」という考えにとらわれます。
電車の中で隣の人が少し横にズレてくれない(ズレてくれるとつり革つかまれるのに!)とか、
お掃除のおばちゃんがこちらを向いて挨拶を返してくれない(こっちはおばちゃんの方向を向いて話しかけてるのに!)とか。

これも全部、自分の外に愛を求めていること。
自分を愛してほしい、自分に足りないものを与えてほしいと願っていること。
つまり、反対を返せば、自分の中に足りないものがある(愛)から、
てっとり早くわかりやすい部分から、それをもらいたい、という行為になります。

奇跡講座/コースは心の在り方を学ぶものですが、
日常の小さな部分まで洗い出す、例外を設けてはならないという教えは
容赦ないなぁとつくづく思います(汗)

それでも日々小さな訂正を積み重ねていき、
道から外れないように私が進んでいこうとしていることを
明確に見抜いているかのように、
私のレベルに合ったレッスンを聖霊は用意しているようです。

あなたが達成可能だと判断して自分の心の中に受け入れる幻想はどれも、あなた自身の完成の感覚を取り去り、それによってあなたの父の全一性を否定する。
愛についての空想も、憎悪についての空想も、空想はすべて、真理を覆い隠すベールであり、あなたから智識を奪う。
こんなにも黒くて重たそうなベールでも、それを剥ぎ取るために必要なのは、あらゆる空想よりも真理に価値を置き、真理の代わりに幻想には決して甘んじないという意欲をもつことだけである。
奇跡講座 テキスト編T-16.IV.10より

私たちはどれほど幻想に頼っているのだろう。
今まで、幻想があばかれた時の自我の反応はすさまじい
というような意味の文章を何度も目にしたけど、
「そうなんだなぁ、別に今、そんな恐怖感じてないですけど!」程度で、あまり深く考えてみなかった。

今、この時点で、じっくり心を置いてみると、
幻想がなくなるという(この世界がなくなる)風に考えるだけで、恐怖感がこみあげてくる。
自我が防壁として築いていたものが、私の中で明らかになりつつあるけれども、
同時に恐怖感も手に取るように分かり始めてきた。

ただ、私には、兄弟たちもおり、聖霊が正しい方向に導いてくれる。
その確信と、真理を目指す意欲だけが求められているのだ。

今日も寒い一日となりそうですが、
愛は自分の中にあり、まったく凍える必要はないのだと覚えておきましょう。
この状況をすべて学びのチャンスとしてとらえることができますように。
できれば、ソフトランディングで今日も聖霊と共に歩むことができますように(笑)

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