奇跡講座のテキスト。第13章Ⅸ罪悪感の雲

ひとつの風景

今日は「奇跡講座 テキスト編」より13-9罪悪感の雲

2日間体調を崩してブログをおやすみしていました。
その間もテキスト編は読んでいたので、ずっと今回の「13-9罪悪感の雲」を読んでいました。

以前、私は、体の不調をどうにかしたいため、
「これは実在ではない」と何度も自分に言い聞かせたり、
聖霊に「これが実在の痛みではないのならば、消してください!」とお願いしたりしていました。
それはうまく働くこともあれば、まったく何の変化も現れないこともありました。

昨日、自分の不調を前にして、こう思いました。
大切なのは心の在り方であって、体の症状が消えることではない。
心の在り方が変化すれば、症状は消えるかもしれないけれど、消えないかもしれない。
消えることを求めるのは、最初から間違った方向に進んでいること。

今まで「今、目の前にある現実は変わらないかもしれないが、それにこだわらない」
ということを奇跡講座/コースの学習中には念頭に考えていたハズ。
しかし、実際は現実が変わるように!と願い、
願うことによって、体を実在のものに変え、この虚像にしがみついていたのです。

12月に入って、108starの再開について考えていますが、
ますます「体にフォーカスするのは違う」と感じています。
私が兄弟たちのそれを認めることは、兄弟たちをこの地に縛り付けることになります。
解放したいと思っていることが、相手を縛り付けることになるなんて!
とんでもないことです。

そうすると、フォーカスすべきは心。
自分の心をコントロールできないのに、兄弟たちに教えることができるでしょうか?
もちろん答えは否。

もうしばらく、私がヒーリングという分野を再開するのは避けた方が良いようです。
これが必要なことならば、そのうち聖霊がタイミングや方法を教えてくれる時が来ます。
焦る必要はありませんので、のんびりと私は日々の赦しを実践していくだけです。

兄弟を咎めるとき、あなたは、「有罪であった私は、有罪のままでいることを選択する」と言っているのである。
あなたは彼の自由を否定した。
そしてそうすることにより、自分の自由を証しする証人を否定してしまった。
あなたは、それとおなじくらい容易に、彼を過去から自由にし、彼を過去へと縛りつけている罪悪感の雲を彼の心から取り去ることもできた。
そして彼の自由の中に、あなた自身の自由もあったはずである。
奇跡講座 テキスト編T-13.IX.4より

ここがポイントなのはわかっています。
罪悪感を取り除くこと。
そしてそれが同時に自分の中の罪悪感を取り除くことにもつながること。
これをどんな状況でも行うことができてこそ、どんなクライアントの状況にも対応することができるのでしょう。

ヒーリングは何かの呪文を唱えることで達成されるものではありません。
今までも、私は、クライアントの心と、時や場所を超えて一つになることで
相手の状況をつかみ、癒しをそこに存在させるようにしてきました。

しかし、常日頃から自分のことを神聖なものだとみなし、
兄弟についてもすべての人を神聖で完璧な存在だと見ていない場合、
ヒーリングの決められた時間内だけ、そういう風に自分を設定することはできないはずです。

内側を見ることを恐れてはならない。
自我は、あなたの内側ではすべてが罪悪で黒く染まっているとあなたに教え、そこを見ないようにと命じる。
その代わりに、兄弟たちに目を向け、彼らの中にその罪悪を見るようにと命じる。
だが、あなたはこのようなことをすれば、盲目であり続けることになる。
奇跡講座 テキスト編T-13.IX.8より

今日という一日が神聖なものになるかどうか、
それは私がそういう見方をして、一日を過ごせるかどうかです。
周囲のものが私に向かって何か影響を与えるものではありません。

兄弟たちと共に手を取り、天国をこの地に見ることができますように。
今日も一日聖霊の言葉を近くに感じていることができますように。

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