奇跡講座のテキスト。第13章Ⅵ現在を見出す

知恵の木

今日は「奇跡講座 テキスト編」より13-6現在を見出す

あなたは現在を判断するための参照基準として、過去の経験を使うことが「自然」なことだと考えている。
しかし、それは妄想的であるから、不自然なことである。
誰かの過去であれ、あなた自身の過去であれ、あなたが知覚する通りの過去をまったく引き合いに出さずにすべての人を眺めることを学んだとき、あなたは、今、自分が見ていることから学べるようになる。
なぜなら、あなたが光を恐れているのでない限り、過去がその影を投じて現在を暗くすることはできないからである。
奇跡講座 テキスト編T-13.VI.2より

一昨日も「自分の記憶が全部なくなればいいのに」と書きました。
そうすれば、この述べられているように過去をまったく引き合いに出さずにすべての人を眺めることができると考えたから。

今朝、あることに気が付きました。
電車に乗っている人は知らない人ばかり。
私は通勤電車の中では、ほぼ自分の世界に没頭しているので、
毎日同じ電車に乗っているとしても、その中で覚えている人と言えば、2~3人くらい。
つまり、その他大勢の人たちについては、その人に関連する記憶というものがないのです。

では、そういう初めて会う人たちに対して、私はその人の真実を、光を見ることができているのか?
答えは NO でした。

その人についての記憶がなくても、私にはある白髪の人に対する記憶があり、
ある男性に対する記憶があり、ある香水のかおりをもった女性に対する記憶があります。
ある色の服装を身に着けている人の記憶があり、あるデザインのバッグを持った人の記憶があります。

すべて過去において、私が関わりをもった人たちです。
その人たちが電車に乗っているわけではありません。
だけど、私は、その過去の記憶の中のものと、目の前にいる初めて会う人たちを結び付けてしまうのです。
似ている服装だから、似ている年だから、似ているかおりがするから。

記憶って、手ごわいな、と思いました。
とても根深いし、思いもよらなかった部分まで、私は記憶を利用して生活しています。

だけど、反対のことも思いつきました。
記憶が勝手に結びつけた目の前の兄弟を赦すことができるのなら、
私は過去の記憶も赦すことができる、と。

そうして時間というものを関係なく、赦しの作業を行っていくことができる。
これって、すごくないですか!?
記憶は、私たちのウィークポイントですが、
聖霊はそれを使って、ものすごい速さで私たちを天国へ帰還させようとしている。

簡単に言えば、短所を活用することによって、長所に変化させることができるのです。
活用法が分かって、苦手な部分を克服して、例外を設けず、毎回地道に行っていければ。

心がけること。
私たちに必要なのは継続的な意欲です。
そこには瞬間的な情熱は必要ありません。
ただ静かに継続していく、その強い意欲が必要です。

今年も終わりに近づき、あわただしくなってきましたが、
こういう時こそ、しっかりと聖霊と共に歩めるように、今日も過ごしていきましょう。

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