奇跡講座のテキスト。第13章Ⅳ時間の機能

のぼる。

今日は「奇跡講座 テキスト編」より13-4時間の機能

昨日、仕事中にも聖霊と共に過ごせるように、
奇跡講座/コースの教えをたびたび思い出すように心がけました。
結果は、スタート地点にしてはうまくいったな♪というところ。

1時間に1回とか、すべての人と会うごとに、というのは難しくても、
何度か聖霊に判断を依頼し、その判断を実行することができました。
やはり「心がける」ことは重要なようで、
何も意識しない時とは、結果が変わってくるということが分かりました。

今日は通院していたので、
病院で自分に直接的に関わる人をできるだけ認識して、
積極的に赦しを行なうようにしました。
100%はできませんでしたが、10%でも0%とは大きな差があります。

おやすみを頂いているので、昼以降は家族以外に人と会う予定はなく、
今日はネットやTVを通して赦しを行なっていく日となることでしょう。

自我は、自らの論法によりあなたにほどよく満足している間は、あなたに忘却を差し出す。
あからさまに残忍になるときには、あなたに地獄を差し出す。
奇跡講座 テキスト編T-13.IV.1より

この部分を読んで、私の聖霊とのコミュニケーションがなくなっている時間は、
やっぱり自我がその空間を盗んでいるのだと分かりました。
忘却、確かに仕事中の意識は、そういう状態だと思えるからです。

自我はあなたに、現在において出会う人々に対し過去の参照基準から反応するようにと命じ、彼らの現在の実相を覆い隠す。
実際のところ、自我の命令に従うなら、あなたは兄弟に対して、まるで彼が別の誰かであるように反応することになり、これは確実に、あなたが彼をありのままに認識するのを妨げる。
そして、あなたは彼からのメッセージを自分自身の過去から受け取ることになる。
なぜなら、それを現在において実在のものとすることにより、あなたはそれを手放すことを自らに禁じているからである。
このようにして、あなたは、一人ひとりの兄弟が、今、差し出している解放のメッセージ
を自分自身に否む。
奇跡講座 テキスト編T-13.IV.5より

バッサリ、はっきり。
本当に奇跡講座/コースは、ハッキリしているなぁと思います。
その分、男性が受け入れやすい側面があるかもしれません。

顔や体型、性別の違いがなければいいのに、と思うのと同じように、
私は自分の記憶が全部なくなればいいのに、とも思います。

そうすれば、ここに書かれているように、
兄弟たちから記憶によって覆い隠されているものが取り除かれ、
真の姿がハッキリと見えると思うからです。

とは願っても、不可能なこともわかっています。
自分の意志で、この束縛から兄弟たちを解放していかないと。

突然、記憶をなくす、ということが起こったとしても、
この能力を磨いていなければ、そこから先に新たな記憶が積み重なった時、
やっぱり同じ過ちを兄弟に対して行なってしまうことでしょう。

過去の苦痛は幻想だと学ばない限り、あなたは幻想からなる未来を選んでおり、現在において見出せるはずの解放のための多くの機会を失っている。
奇跡講座 テキスト編T-13.IV.6より

現在において、私たちが過去を断ち切らなければ、
未来は過去の闇に包まれてしまう。

もったいなさすぎる。
私たちが未来において影響を及ぼせるのは、
未来の時点ではなく、今何をするか、なのに。

聖霊が教えることは、あなたは常に自分自身と出会うのであり、あなたが神聖であるがゆえにその出会いは神聖だということである。
自我が教えることは、あなたは常に自分の過去と出会うのであり、あなたの夢は神聖でなかったがゆえに未来も神聖なはずはなく、現在に意味はないということである。
奇跡講座 テキスト編T-13.IV.6より

これこそが現在を尊重するか、無意味なものとするか、の判断です。
過去が神聖でないから、未来も神聖ではない。
その考え方に縛られるのは、もうたくさんです。
現在が私たちの手の中にあるのだから、未来も神聖なものに変えられる。

この後、現在というものが、過去よりも未来よりも永遠に近い、というフレーズがあります。
永遠は未来に近いのではなく、現在に近い。
はっきりと手に取れる感覚ではありませんが、
とても納得できますし、うっとりするような響きがあります。

今日も私たちが時間を時間から解放するために手段として利用できますように。
自我の判断ではなく、聖霊の判断に身をゆだね、
兄弟たちの中の光を見る努力ができますように。

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